「一九六〇年代の中頃に突然現れて……」
宗像は話のきっかけを作ろうとしていた。

「たった四年ほどでたくさんの賞を受賞し、そして亡くなってしまった」
とアンドレが答えた。

「アンドレさんが初めてフェラーラの絵に出合ったのはいつでしたか?」

「そうさね、一九六六年、ロイド新人賞受賞時の審査が初めての出合いでしたな。何しろそれ以前は全く無名の画家でしたからね」

「どのような出合いだったのですか?」

「そうだね、正直言えば衝撃的な出会いだった。彼の絵はね、分かり易いものと、分かり難いものが混在していてね、全体的にミステリアスな印象が漂っていたと記憶している。おまけに彼は寡黙でね、自分が描いた絵の説明を一切しなかったんだ。それでますます神秘的な画家と思われてしまった。それにテクニックも凄かった。神業だったよ。ルネサンスの時代ならまだ分かるがね、今や現代だよ。ああいう絵が描けるような教育もしてないし、先生も手本さえ示せない」

「フェラーラの絵については、七〇年版の画集の中で、アンドレさんは見事に五項目の明晰な分析をされていらっしゃる。ですから今日は、それ以外のことを少しうかがいたいのです。例えば……そうですね、私生活とか、あまり公にされていないことなどを」

「宗像さん、あんたは良く勉強しているね。フェラーラは私が最初に見つけて世に出した画家だ。あの頃、私も若かったが彼の絵に夢中になった。だから毎回ロイド出版に頼んで出版してもらったんだ。何しろ当時、画集の出版はロイドが最高だったからな」

「アンドレさんの後押しで、フェラーラの個展の図録や画集はすべてロイド出版ということになったのですか?」

「まあ、そういうことかな。さて、私生活のことだったね。私にも良くは分からんが、ご家族のことなら多少は知っている。奥さんが……えーと、何と言ったかな? そう、アンナさんだったな。いつも絵のモデルになっていた。あれほど美しい女性に今までお目にかかったことがないほどの凄い美人だ。いつも表彰式では彼女がフェラーラ以上の主役になってしまった。みな彼女と話をしたかったらしくてね、周りを取り囲んでいた。男はだれでも同じものさ」