謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
自身の出生に隠された真実を知るために、ある絵を追い続けているエリザベスと、それをサポートする日本人写真家・宗像。イギリスの高名な美術評論家・アンドレに会えることとなった宗像は、ロンドンのホテルでその老紳士と対面するのだった…。
今の時代に共鳴する何かをな……再び感じるんだ
「それほどの美しさですか?」
「君! 絵を見ているんだろ? あの美しさだよ。ロイドの会長、エドワードと言うのだがね、何しろ彼は男どもがみな彼女に関心を持つのが不愉快そうでね。少しは控えろ、遠慮しろと口うるさかった。そういえばフェラーラの奥さん、可哀相に、旦那がポルトで亡くなってしまって。で、それ以来行方不明らしい。今ごろどこでどうしているのやら」
「お子さんは?」
「お嬢さんが一人いたんだが、私は一度も会ったことがなかった。表彰式などにも連れてこなかったしな」
「お嬢さんはお一人だったのですか?」
「そう、間違いなく一人だよ。で何か? だが、確か、お父さんと同じ頃に、やはり海で亡くなってしまった。だから奥さんも家族的には恵まれなかったんだ」
「ところでフェラーラの絵ですが、六十年代の後半にはかなり評判になったようですね。でもその後ひっそりと忘れ去られた存在になってしまった。アンドレさん、三十年ぶりにご覧になったフェラーラの絵はいかがでしたか? この時代になって」
「おい君、最後のセリフ、誘導尋問じゃあないかね? 昨晩、絵は改めてじっくりと見させてもらったよ。それで……」
「それで……?」
「それがな、どうも不思議なんだ。何か予感がする……」
「予感? どのような?」
「今の時代に共鳴する何かをな……再び感じるんだ」
「再び評価されるということですか?」
「まだそこまで断定はできないがね、臭うんだよ……何かの兆しがな」
宗像はロンドンであの絵を初めて見たときの印象と、いま聞いたアンドレのそれとが極めて類似した感覚だと思った。フェラーラが再び復活しそうだとは面白い。それだけでも今日アンドレに会った価値があるということか。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商