第一章 道 程

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四月も半ばになると、大学生活のなんたるかが徐々に理解できはじめ、宮神はかつて味わったことのない自由を謳歌していた。高校時代と違い、窮屈な詰襟を着用する必要もない。カジュアルなファッションに身を包み、履き心地の良いスニーカーで颯爽とキャンパスを歩いていると、自分がトレンディードラマの登場人物になったような気さえした。

ただし、その自由さが時に不安をもたらした。高校までの授業では、先生が一から十まで学ぶべきことを懇切丁寧に教えてくれた。だが、大学はそうではなかった。良くも悪くも個人個人はほったらかしで、意欲がなければ身につけたい知識が吸収できない。ぼんやりしていたらあっという間に時間が過ぎてしまいそうだった。

宮神は自分を見失いそうになるたび、父にかけられた“世界に貢献できるかもしれないぞ”という言葉を思い出し、初心に返って学問に打ち込んだ。さほど知識もないままに専攻した経済学だったが、その内容はロジカルで肌に合っていた。雑念を追い払うため、講義の際はなるべく教壇の近くに席を陣取り、集中して講義を聞いた。そのせいか、教授陣も一目置いてくれるようになった。

手始めに基礎として学んだ理論は、マクロ経済学とミクロ経済学だ。当初、一国の経済全体を俯瞰するマクロ経済学と、個人や企業といった経済主体を対象とするミクロ経済学は対照的な分野のように思えた。だが、GDPの集計値はミクロな個々の経済活動の結果であるため、両輪による理論構築が必須であると知った。

初歩的な理論と並行して、その妥当性を分析する実証法についても見識を深めた。統計学的な方法論でデータを分析する計量経済学は、多様な経済理論を検証するのに非常に役立つ。たとえば、気温の変動と電力需要の因果関係を解き明かす際には、両者の相関性のみに目を向けるのではなく、エアコンの普及率や燃料費調整額などのデータを精査することで、多角的な検証が可能となる。

宮神は、計量経済学を学べば、さまざまな事象を多面的に見て判断できる能力が涵養できると直感した。むろん、一朝一夕に成せるものではない。一年次に知識を蓄え、二年次から計量経済学のゼミに参加するのも面白いかもしれないと思いはじめた。

ただ、広大なる知の海に飛び込んだことは、知的興奮とともに漠然とした不安をもたらした。この大海を溺れずに泳ぎ切れるのかと思い悩むこともあったが、そんな時は「哲学入門」の最初の講義で教授が冒頭に語ったソクラテスの「無知の知」という言葉が宮神を支えてくれた。

私は知らないことを知っている――。ソクラテスが死刑に処された後、弟子だったプラトンが残した言葉を要約するとこうなる。自分はまだ何も知らないが、その事実に気づけたからこそ物事を知っていく過程を楽しめる。

無知を自覚できるのは、ある意味では賢さにも通じる。ソクラテスのこの言葉は、宮神が大学で学ぶ際の基本姿勢として、心奥にどっしりと根を下ろした。

哲学の講義は、宮神がこれまでに触れたことのない世界であり、新鮮で面白かった。古代ギリシアの哲学者たちは、道具も設備も機械もない時代に、万物の源を探求し、肉体と魂の関係を思弁し、人の生きる意味、自然との関わり、国家と統治のあり方、愛や幸福や快楽や苦しみなどあらゆる存在と事象について、どこまでも掘り下げて考え、論じ合うことで真理に迫ろうとしたのだ。

二千年以上も昔、はるか遠いギリシャに生きた哲学者たちが、宮神を知の世界に誘ってくれているような気がした。宮神が手にした哲学書はどれも薄い文庫本だったが、考えながら読むので一冊を終えるまでにかなりの時間がかかった。

本で出合った数行を話題に教授や友人らと何時間も論じ合い、違った視点を得て読み返すとまた新たな気づきがあった。こんなにも面白い学問があったのか――宮神は哲学の講義ではいつも一番前の席に陣取り、講義のあとには教授控室に行って質問をした。

「国際経済学部に、ここまでギリシャ哲学に興味を持ってくれる学生がいるとはね」

教授はいつもうれしそうに控室に宮神を招き入れ、インスタントコーヒーとビスケットをご馳走してくれたのだった。さらに宮神が出席していたのは学部を問わず受講できる「哲学Ⅰ」だったが、教授は宮神に文学部の入門コース「哲学Ⅱ」の聴講も許してくれた。

※本記事は、2019年10月刊行の書籍『AMBITION 2050』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。