二人から直接習った訳ではないが、この世に出てきてからずっとMTVだのなんだのひたすら洋楽ばっか聴いて育った影響は大きい。三緒も、楽器に興味はないが、チビの頃からレディー・ガガのちょっと卑猥な振り付け真似して踊ってたし、向こうのファミリーコメディ(笑い声入り)も大好きだ。

誰かと一緒に住む場合、音楽の趣味が合わないって結構辛くないだろうか。俺らは洋楽好きに洗脳されてるけど、もちろんJ-POPも聴くし、日本のソウル、演歌にもいい曲あるなと思う。

でも、音楽って結局好みだから、例えばずーっと苦手なジャンルの曲が、絶え間なく流れる状況だったらきっついな。繰り返し聴けば好きになるかっつーと必ずしもそうではない。

音楽は、気持ちを解放してくれるオアシス。なくてもなんとか生きていけるけど、好きな音楽に浸れない毎日なんて…。きっと歳とってからも、今好きで、アホみたく繰り返し聴く曲は俺の原風景っていうか、メンタルの一部になっていくんだろうな。

あっ、でも、いたな、ここに。けっこう年いってから若いオネーチャンばっか聴くようになったやつが。

「ただいま」

父登場。顔は優しげだが、ラフに伸ばして結わえた髪と不敵な目付きに、どこか堅気じゃない感、漂う風情。俺の天パのルーツだ。

「早いじゃん」
「おう」

いつも最小限しか喋んないのに、自分でイヤホン聴きながら大声で歌うのを、文句言ってやめさせるのは俺の役目。この頃はひとりカラオケにでも行ってんのか、あんまり歌わなくなった、ラッキー。

二人を見て思う。お互いに好き、という目に見えない頼りない感情で永遠を誓っても、好みも、体型も、考え方も、どんどん変わっていく。

「好き」って、なんなんだ。一過性の熱病みたいなもん?

そんなんあてにして、家族をつくる結婚って、こわ。俺はいつか、自分の家族を作れるんだろうか。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『人間関係貧乏性』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。