「私は……私は……」
「木島さん、こんな若い子にそんな馬鹿なことができると思いますか。無理です。酷です」

紀子も言った。

「でも、キツネになれば、私は……私は……助かるんだ。コ……コ……コ、コーン、コーン」
「トメさん……もういいわ。大丈夫、キツネの真似なんかしなくたって、大丈夫だからね」

美津が布団から這い出てきた。

「トメさんをキツネにしてどうするんですか。その後、どうするんですか」

紀子が、木島に詰め寄った。

「何とでもなるさ。田中トメ君は東京に連れて行く。東京には進歩的な女性がたくさんいる。出版社の下働きでも何でもある。田中トメ君ひとりを守ることぐらいできる。そうだ、平塚先生に紹介してもいい。青鞜社には君のような、未来を夢見てるような女性がたくさん集まってきてるんだ」
「平塚先生って、あの平塚先生ですか?」

晴がすっとんきょうな大声を上げた。

「ああ。いくらだって紹介してやるよ」
「私、私、自由になれるんだ。自由になれるんだ。コーン、コーン、コーン……」
「トメさん、なかなか上手になってきたわよ」

晴も乗ってきた。

「私は自由になれる。東京に行けるんだ。青鞜社に入れる。平塚先生と働ける。コーン、コーン」
「私も、トメさんになりたい」と晴も調子に乗って「コーン」と声を上げる。
「元始、女性は太陽であった。私は太陽。ひとり天に輝く太陽。私はもう貧しくなんかないんだ」

トメが決意したように立ち上がった。