ブルーストッキング・ガールズ

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喜久は、夏の前から学校を休んでいる美津を見舞うため、安倍川沿いを往来する馬車に牛妻から乗った。いつも女学校に通うには三里の道を歩くのだが、馬車が好きな喜久は、美津の家に行くときにはこっそりと乗ることが多い。

尋常小学校の校長である父に知れたら、大目玉を食らってしまう。幸い、近所の人たちは乗っていないようだった。

行商の大きな荷物を持ったおばさん、子どもを連れた若いお母さん、白い背広にステッキのカイゼル髭の男、それだけで馬車はいっぱいだ。

晩秋の山はまだ緑を残しているものの、ところどころ色づいているのが分かる。秋の陽は眩しく、鮎を釣る人や、上流で切り出された木材を積んだ筏(いかだ)が、優しく風景に溶け込んでいる。

「何となく、人に待たるる心地して……」。

喜久は美津から借りた歌集の中の一首を口ずさんだ。もとより恋の歌なのだが、美津に会いに行く喜久は恋をしているかのような心持ちだった。

喜久は静岡駅で馬車を降りた。駅前で若い男が、チラシを配っている。何だろうと喜久が受け取ると「木島潔 講演会 新しい時代と文学」と大きな字で書かれている。

喜久の心は一層躍った。あの恋愛小説を書いている木島先生が静岡に来たことを、文学に憧れを持つ美津に一刻も早く伝えたかった。