「ズボンの右のポケットだけど、これ担いでいるから取れんな」
「よし、俺が取ってやる。ここか?」
「おい、くすぐったい。そんなとこに触るなよ」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。あ、これだな。もう出発(でた)んではないだろうな」と、改札口で息を切らしながら切符を渡してくれた。

「頑張ってこいよ、戻ったら春スキーに行こう。知り合いのロッジが借りられることになっているから」
「分かった、楽しみにしているから。お前も気を付けて帰れよ、じゃあな」

夜行列車ということもあって、席はガラガラ空いていた。ベルが鳴り、少しずつ列車が動き始めた。間もなく、

「お待たせしました。当列車は二十二時四十分発、青森行き十和田七号です。ただいま定刻より十分遅れで発車いたしました。主な駅の到着時刻は……」

とのアナウンスがあった。

始発から遅れることがあるのか、と思いながら一人だけの寂しい旅が始まった。いつもは部の仲間と一緒に行くのに今回は自分だけ、しかも夜遅くの出発、数日前から正直気が進まなかったが、思っていたより気持ちが沈んでいた。こんなことなら定刻どおり出発して、乗り遅れた方がまだ良かったのにとまで落ち込んでしまっていた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。