第一部

序章 はじまり

今度はゆっくりと対面した。手足は枯れ枝のように細かった。

顔面はちらっとだけ見た。先ほどの萎んだ乳房、胸部、皮膚が弛んでしわのよった腹部、その側腹部に並ぶ上肢、陰部、薄い陰毛が目に写って思わず顔を背けそうになった。不自然なほどまっすぐ伸びた下肢。ミイラが水に漬かって少しふやけた、という印象だった。

これが屍体かあ、と叫ぶ者はさすがにいなかった。むしろ、ある種の自然な感動の沈黙が横たわっていた。

教授は、担当する遺体と対面した学生たちの様子を見守りながら、静かな、深い微笑みを浮かべていた。

僕は、その教授の微笑みの意味が良く理解できなかった。死者と対面するという非日常的な体験によって、平常心を乱されている未熟な若者たちを、年長者らしく見守っているのだろう、と単純に理解して、御遺体の方へ関心を戻した。

他の班の方へ目を向けると、各人様々な反応や行動を示していた。黙ってこれからつきあう御遺体を凝視している者、実習指導書に目を通している者、隣の学生とこそこそ話し合っている者、全体としては、ざわめいていた。その中で、女子学生の反応に僕は興味を持っていた。

青ざめたり、過剰な反応を示したり、泣いたり、卒倒したりする女子も出るのではないか、と半ば心配し、半ば期待していたのだが、20人ほどいる中で、動揺しているように見える女子学生は1人も見受けられなかった。度胸が座っていると言うか、可愛げがない、とも言えた。

紫藤麗華の様子を僕はそれとなく観察したかったが、座席の位置関係から、背を向けて座っていたので、顔つきや表情は、見えなかった。