くしゃみとルービックキューブ

1.

曲が始まる。『通勤電車』は主にドラム1から5で構成されているようだった。たまに女のくしゃみの不協和音が差し込まれる。なんだかよく分からない現代音楽みたいだ。多分、ぎゅうぎゅう詰めの通勤ラッシュをイメージして作ったのだろう、と洋一は思った。

「斬新ですね」と感想を述べた後、「そういえば、くしゃみさんて確かミュージシャンを目指してるんですよね?」

「ああ、そうだけど」
「もしかして、くしゃみの曲でデビューしようとか思ってます?」

「もちろん」何を今更、という顔で、岳也は洋一の顔を見る。

「じゃあくしゃみさんの曲を聴いた人が、あっこれ私のくしゃみだって思うかもしれませんね」
「著作権問題で訴えられるってか」
「いや、くしゃみに著作権があるかどうかよく分かんないですけど」
「大丈夫だよ。曲にするときはちゃんと加工してあるから」

洋一はドラムを1から順に押してみた。ボァン! ウォン! ギャン! グァンッ! ドラム4で、洋一の指が止まる。もう一度押してみる。グァンッ! もう一度。グァンッ! 三回ほど続けて押す。グァンッ!グァンッ!グァンッ!

「どした。気に入った?」
「いや……」洋一は首をひねる。「どっかで聞いたような気がして」
「そうか? そいつは悪人だよ」
「え?」画面を見ていた洋一は、驚いて彼の顔を見た。「悪人?」
「ああ」
確信めいた表情で、岳也はうなずいた。

「くしゃみを聞くと、その人の真の性質が分かるって言ったろ。そのくしゃみは悪人のくしゃみだ。それも根っからの悪人だ。ただの悪人と、根っからの悪人の違いが分かるか?」

少し考えてから洋一は首を振る。
「分かりません」

「ただの悪人は、いってみればヤクザみたいなもんだ。ヤクザとかチンピラって、外見からなんとなく分かるだろ? たとえ普通のスーツを着てたって、何かそれっぽいもんがにじみ出てる。けど根っからの悪人は、パッと見、全然普通の人なんだ。いや、むしろ普通よりいい人に見える。実際喋ってみても、人あたりもいい。けどそれは深い深い水底のうわずみみたいなもんだ。中は見られたもんじゃない。得体の知れないもんが一杯混ざってるし、水もドロッとしてる」

「あの、抽象的過ぎてよく分からないですけど……」洋一は少し考えてから続ける。「どう悪人なんですか。犯罪者的ってことですか」