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渦の蒐集

「真の切り株が見つかってから、何か人生が変わりましたか?」

「もちろんもちろん」

彼女は大きくうなずいた。

「まずね、体の不調が一気になくなったの。それまでは、膝とか腰とか、とにかく体のそこらじゅうが痛くて、便秘もひどかったの。それが全部嘘みたいに消えたのよ。今はどっこも痛くないし、凄く快調。

あと、お金の心配も一切なくなったわ。じたばたしてもしょうがないってどっしり構えるようになったら、不思議となんやかんやお金が入ってくるようになったの。

今はもうなんにも怖くない。やっぱり、真の切り株を手に入れたっていう自分に対しての誇りがあるからでしょうね。よくやったって、あたし自分をいつも褒めてるの。最近じゃ、なんだかこのまま死なないような気さえしてるのよ」

「はあ。それは素晴らしいですね」

「そうよ。闘いなんだから。あなたも必ずお勝ちなさい」

迫力に押されて、はいっ、と私は勢いよくうなずいた。

「大丈夫よ」

彼女は再び私の腕に手を置いた。今度はふわりとではなく、軽く握ってくる。

「諦めない限りね。何があろうと、とにかく諦めちゃ駄目。それから、よく見ること。あたしだって、真の切り株がこんな形や色をしているなんて、最初は夢にも思わなかった。木だったときは、これとは似ても似つかない姿だったし。時間がどんどん変化させていくの。でもどう変化しようが、真の切り株であることには少しも変わりがない」

急に彼女は口を閉じた。じっと黙っていると、ひどく厳格な老婆に見える。

「時間が何もかも変えてしまうの。本質以外はね」

私の腕から手を離すと、彼女は真の切り株にそっと触れた。

「当時あんなに幅を利かせてた材木屋だって、もう影も形も残ってない。材木置き場だった場所は、今は公園になってるわ」

玄関口まで彼女は見送りにきてくれた。

「必ず闘いにお勝ちなさいよ」

至極真面目な顔で再び言った。私は戦場に出向く兵士よろしく、はい、と固い顔で返事をした。扉がガッチャンと音をたてて閉まる。道に出てから、振り返って団地を見た。ついさっきまであの中の一室にいたのが嘘みたいだ。

彼女との会話も、どこか違う次元で交わされていた気がする。彼女は、私に新たな見方を提示してくれた。私は確かに渦を見つけるのはうまくなったかもしれないが、これぞ究極の渦、というものについてはまったく考えていなかった。

真の渦がこの世に存在するかもしれない、という可能性すら思い浮かばなかったのだ。自分以外の人には分からない、と彼女は言っていた。確かに、自分にしか分からないことである。