渦の蒐集

私はじっと老婆の顔を見た。

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一つのもの? 彼女は笑顔を引っ込めると、急に真面目な顔になった。

「切り株よ」

「きりかぶ」

呆然と私は繰り返した。切り株という単語を最後に口にしたのはいつだろうか?

ひょっとすると子供の頃、絵本を音読したとき以来かもしれない。

「あたしね、真の切り株を探してたの」

「しんの、きりかぶ」

馬鹿のように私は繰り返した。

「ずっとずーっと、気が遠くなるくらい長いあいだ、探してたのよ」

彼女が言うと、本当に途方もなく長いあいだ、という感じがする。

「なんだかあなたを見てたら、あたしと同じ感じがしたの。そういうのが、だんだん見ただけで分かるようになってきたのよ」

うふふ、とませた少女のように彼女は笑った。

「今までにも似たような人に会ったことがあるわよ。五十歳くらいの男の人。その人は真の煙突を探してたわ。大きなリュックを背負っててね、全国を回ってる途中だって言ってた。疲れてお腹を空かしているようだったから、部屋にあげてシチューを御馳走してあげたの。生き返ったって凄く喜んでたわ。

でも多分、まだ見つけてないんでしょうねぇ。真の煙突を探すのは凄く難しいって言ってたから。もちろん、諦めてないはずだから、今もどっかを巡ってるんだと思うわ」

私は無言でうなずいた。何も言葉が出なかった。そういう話を聞くのは初めてのことだったのだ。

「真のトンネルを探してるっていう人もいたわよ」

彼女は急に声を低めた。

「それも男性だった。トンネルを探してるだけあって、なんとなく暗い雰囲気の人だったわね。あれは半分ノイローゼだと思う。いろんな所に旅がてらに行ってみればいいのに、図鑑や地図ばかり見てるの。知識だけに頼ってるわけ。奥さんや子供がいたみたいだけど、もうほっぽらかし。男の人の場合、家族が気の毒よね。あの人も、今頃どうしちゃってるのかしらねぇ」

顎に手を当てると、彼女は遠くに視線を飛ばした。

「そうそう、女の人も一人いたわよ。といっても、あの人はちょっと特殊かもね。彼女が探していたのは真の自分。おかしいわよね。そんなのを探すなんて。自分探しって言葉、たまに聞くけど。でもいい人だったわよ。しっかりしてた。看護師さんでね、真面目に働いてるの」

自転車に乗った老人が、やたらとベルを鳴らしながらすぐ脇を通り過ぎていった。そうですか、と私はかすれた声で言った。

「あなたも探してるんでしょ?」