ショウ君が喜びも悲しみも私に与えてくれるのだ。ショウ君に会うことだけを楽しみに毎日酸素を吸ってはCO2を吐き出している。

ただそんな私の強い想いを今までひた隠しにしてきただけだ。好きと伝えるのは簡単である。しかし、好きと伝えれば好きになってもらえるわけではない。

好きになってもらうためには、自分ができる最大限の努力をするしかないのだ。相手に依存しない、自立した大人の女性。そういう女を演じることも、私の努力の一つであった。本当はショウ君のことで毎日毎日頭がいっぱいだというのに。私はそれをぎこちなく伝えた。

「ショウ君と出会う前は正直何を考えて生きてたんだろうって思うくらい、私はずっとショウ君のこと考えてますよ」

まるでドラマのワンシーンのような話し方をした私の声が夜に吸い込まれていった。それはふとした時に思い出すということかと、ショウ君が尋ねた。私は首を横に振った。

「常に考えちゃうくらいです。引いてます?」

今度はショウ君が首を横に大きく振った。

私は買ってもらったお茶をゆっくりと飲んで愛犬に視線を落とした。大人しくさせておくため、牛の蹄を噛ませていた。地面に寝そべり必死で蹄を噛んでいる。前足が涎で濡れていた。

「美雪ちゃんって今好きな人とかいるの? 何人いるの?」

ショウ君の言葉に再び絶句した。彼にはまだ私の気持ちが伝わってないのだろうか。それとも分かっているのに、確かめたいのだろうか。

「あの、分かりませんか? 私の気持ち。さっきショウ君のことばっかり考えてるって言いましたよね」

私は少しムッとしながら半分笑って答えた。そんな私をなだめるように彼は煙草に火をつける。暖かい煙がふたりを包んで溶けていく。随分と細くて長い煙草だな、と私は思った。

「聞いたけど、また聞きたいから。俺は美雪ちゃんのこと好きだ好きだ言ってるけどさ」

まさか、ショウ君も不安なのだろうか。しかし私は好きだと言えなかった。

男女関係においては、相手に好意を悟られた途端にこちらの分が悪くなる。変に意識され避けられることもあれば、好意に付け込んで散々利用され捨てられることだってある。好きな人に服や財布を貢いでしまったこともある自分が良い例だ。

もちろん、魚心あれば水心。好意を示せば、相手も自分に好意を持つ可能性もなくはない。しかしそれは恋愛において消極的且つ異性から好意を持たれる機会が少ない人間に限ってだ。ショウ君のように女性経験豊富な人間は好意を持たれたところでちっとも靡かないであろう。

私はショウ君への並々ならぬ好意を本人には悟られたくはなかった。

しかし、彼が私に対し好意を示しているのは少なからず感じる。不安になる度思い浮かべた。深夜まで及ぶ甘い長電話、デートの日程は必ず私に合わせてくれた。そして、好きという言葉。

私もショウ君を信じて、この胸の想いをとうとう伝えようかと迷い黙っていると彼が口を開いた。

「早く、セックスしたいな」

時間が経つたびに気温が下がるのを感じた。すっかり身体は冷え、私たちは帰ることになった。ネオン街の真ん中にぽっかりと空いた憩いの場。スケートボードをしていたグループもいつの間にかいなかった。また来週会う約束をした。

「ついに、来週、セックスできるかな?」

私は頷いた。ショウ君の好きという言葉を信じてみよう。一つになろう。一つになりたい。そして、そのときに初めて好きと伝えたい。

別れ際、私は帰ろうとするショウ君の腕を掴んで引き止めてしまった。

彼の目が泳ぐ。人目を気にしていることがすぐに分かった。でもせめて抱きしめてほしくて、ショウ君を真っ直ぐに見つめた。彼は私をなだめるように見返した。その視線で私は掴んだ腕を離さざるを得なくなった。

地下鉄乗り場へとエスカレーターで下りていくショウ君を見えなくなるまで見送った。

彼の態度が少し冷たい気がした。悲しかったが人目につくから仕方ないと自分を納得させた。ペットボトルのお茶はもう空だった。途端に寒さを感じて私は愛犬を連れて夜の街を走り出した。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『不倫の何がいけないの?』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。