第一章 ほうりでわたる

父の技術

鉄工所で父の手伝いをしていると、その技術力に感心することがありました。
漁船のエンジンの修理は父にはお手の物です。

ピストンロッドの軸受部が摩耗していると、メタルを入れ替えるのですが、溶解したバビットメタル(スズ、銅、鉛の合金)という合金を流し込み、再度切削加工して、新品の時のように、がたつきのないピストンロットに仕上げていました。

ピストンピンが摩耗した時には、旋盤で加工した丸鋼を焼き入れするのですが、炭素量(C)の低い材料には表面焼き入れ(表面浸炭法)をします。そのとき、猛毒である青酸カリ(シアン化カリウム)を使うのです。中津の薬局で売っていた工業用青酸カリは私が買いに行っていました。

青酸カリの入った瓶にはドクロのマークが描かれていて、いかにも猛毒という感じでした。今では特別な許可がないと販売はされないと思いますが、その当時は、使用目的と名前を書き印鑑を押せば、高校生の私にも売ってくれました。

焼き入れ方法としては、切削加工した丸棒をバーナーで真っ赤に焼き、容器に入れた青酸カリの粉末にジューと浸けます。その時バっと青酸カリの溶液が飛び散ります。青酸カリに浸けた後、水にジャブっと浸け、焼き入れをするのです。これは非常に危険な作業です。

ある時、その飛び散った青酸カリが私の口の中にまで飛び込んできました。