14 秋の訪れ

日本の夏は、梅雨明け、そして山開き。人びとは登山を楽しみ、またある人は海で遊ぶ。

日本列島は中央の山並みから平野へ、稜線が広がるようにして海辺へいたる。

『古事記』の物語のように「山の神」「海の神」の夢のような抒情の世界が去来し、深く漂い、夏の季節は知らず知らずのうちに、私たちの心にとどまる。

夏祭り、お盆の行事……。一つひとつの楽しい思い出が、胸に刻まれていく。

幼いとき、山中湖の亡父の小さな別荘で……。

とりたての、そして茹でたてのトウモロコシを、ベランダで、カッコウの声を聞きながら無我夢中で食べた。トウモロコシはかくも甘く、もちもちとした食感で、このような自然の美味がこの世にあるのが不思議に思えた。

私は、海の潮のしぶきのしょっぱい味は、どうにも苦手である。ひと泳ぎしたあと、海の家で食べた甘い、甘いイチゴのシロップのかかったかき氷。ほっぺたが落ちそうなくらい美味しくて、美味しくて、素晴らしい体験だった。

夏休みは、その開放感に胸を膨らませ、「それ夏だ! やった、やった! 万歳、万歳!」と心から快哉を叫んだものだ。

盛夏はミンミンゼミやアブラゼミの大合唱。夏も終わりに近づくと、カナカナ、ツクツクボウシ……。

この頃になると、まだ出来上がっていない学校の宿題が心配になり、苛々がいや増しにつのる。落ち着かぬことおびただしい日々が続く。

一方で、親しい友人とまた教室で会えると思うと、喜びで心が弾む。

涼を呼んだ風鈴の音(ね)。灼熱の街中で日傘をさし、おしゃれな夏の軽装で道を行き交うご婦人の姿。そして、ビヤホールで大小のジョッキで生ビールを美味しそうに飲み干し、話に興じる人びとの姿は、移り行く季節とともに次第に失せていく。

秋の七草。萩(はぎ)、桔梗(ききょう)、葛(くず)、女郎花(おみなえし)、藤袴(ふじばかま)、尾花(おばな)、そして、撫子(なでしこ)。

冷ややかな風にそよぐ芒の穂。

澄みきった空に浮かぶ秋の月。

草葉にすだく虫の音。

キリギリス、松虫、鈴虫……。

その哀愁を帯びた虫の音は、そぞろにもののあわれを感じさせる。秋の夕べの訪れは、心に沁み入り、深い寂寥感を覚えるのである。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。