「美雪ちゃんは、おばあちゃんの絵を描こうね」
「えー! なんで美雪ちゃんだけおばあちゃんの絵なのー?」

そう言うお下げ髪に担任はただ前を向くように促した。みんなには当たり前にいるお母さんが、私にはいない。

台風の日、学校が午後から休校になった。皆が家の人に車で迎えに来てもらうなか、私は一人暴風雨のなか徒歩で帰宅した。アルコール中毒の祖父も、その祖父の言いなりで車の免許を取ることすら許してもらえなかった祖母も車の運転ができなかった。

「どうして! どうして私にはお母さんがいないの?」

雨と涙でびっしょりと濡れた顔で祖母を責めたこともあった。

「世の中には、お母さんやお父さんがいない人なんてたくさんいるよ」

そんなことは分かっていた。しかしそれは少数だ。普通ではない。何故それが自分なのか。何故自分がマイノリティーでなければならないのか。

親がいないことで惨めな想いをしたのは子供時代だけの話ではなかった。大人になってからも、親無しというレッテルには悩まされた。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『不倫の何がいけないの?』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。