第一章 ある教授の死

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翌日、高槻教授から電話がかかってきた。

「わたしの頼みごとを聞いていただけるというお話でしたので、電話をさしあげたのですが」

教授は思いがけないほど低い姿勢の口調で話しかけてきた。飾り気のない率直な人柄が表れているような気がする。沙也香は直感的にそう感じた。

初対面の人の人間性を見抜く能力は、沙也香の天分といってもいい。人の特質を見極める眼には、絶対の自信を持っている。

「ええ、わたしも先生のお話をうかがってみたいと思いましたので」
「そうですか。あなたにそういっていただけるとうれしいですね」
「頼みごとというのは、どういったことでしょう。具体的にはどんなことですか」

「それは電話ではちょっと……。話しはじめると長くもなりますしね。会ってからお話しすることにしましょう」
「そうですか。ではこちらから出向きましょうか」
「いえいえ。頼むのはわたしですから、わたしがそちらにお邪魔しますよ」

「でも……奈良からここまで来られるのは……」
K大学は奈良にある。わざわざ奈良から来るのかと思い、そうつぶやいた。

「いえ、奈良からじゃありません。じつはいま東京に来ているんですよ。長期出張ということでですね。それであなたに会ってお願いしてみようかと思いついたわけです」

「ああ、そうなんですか。ではこちらからそこへおうかがいしましょうか」

沙也香は、できるだけ知らない人を自宅へ呼ばないようにしている。

「いいえ、それはあまりおもしろくないんです。いまいるところは、わたしの研究室じゃありませんし、たとえ自分の大学の研究室であっても、あなたのような人を呼ぶのは、いろいろと差し障りがありましてですね」

「わかりました。でもここに来られるとして、電車で来られるのですか」
「いいえ、車で行きます。自分の車でこちらに来ていますので」
「そうですか。ではいつ来られます?」

「できれば明日にでもおうかがいしたいのですが。そちらのご都合はいかがですか」
「明日は特に出かける予定はありませんので、いつでもけっこうです」
「そうですか。では明日の午後、一時過ぎにうかがうことにしましょう」

「わかりました。ではお待ちしております」

こんな経いき緯さつで、沙也香は昼前から来客を迎える準備をして待っていたのだった。