「ご迷惑をおかけしました。もう、私にかまわず、行ってください。ご恩は忘れません。ここまでしてくださって、ほんとにありがとうございました」

「む……」

塒へ連れ帰ればかならずつかまるが、ほかに保護を求められる場所など知らない。路銀をわたそうにも、人売りに全財産をわたしてしまって、すっからかんである。

自分の無力が、身にしみた。おのれの食いぶちすらおぼつかぬというのに、人をたすけるなんて芸当が、できるはずなかったのだ。

石のように動けない私をみて、曹洛瑩(ツァオルオイン)は、戸外へと足をむけた。

――行ってしまうのか。

観念したとき、音もなくひとりの僧があらわれ、入口をしめた。

「ふたりとも案ずるな。宿所はある」
ひくく、太い声が言った。

佛前には、何本もの燈明がかかげられている。その光が浮かびあがらせたのは、ながい睫毛をしばたたかせた、洛瑩(ルオイン)の横顔と、曇明(タンミン)師の法衣であった。

「……でも、でも、さっきご住職に相談申し上げて、ことわられたばかりです……寺に、女性(にょしょう)をかくまうことは、できぬと」

「われら坊主は、戒律を守らねばならん。しかしながら、佛(ほとけ)は、その前世で、わが身を虎にあたえんと、崖からとびおりることも辞さなかった。われらもまた、その大慈悲の末流を汲むものである。餓鬼の贄(にえ)に供せられんとする乙女が目の前にあらば、佛の手足となって、一艘の舟をわたすのが、佛者のつとめというものかと存ずる」

「え……?」

「この子に宿所を世話していただけるのなら、まことにありがたいことですが、ご住職のとりきめにさからえば、曇明(タンミン)さまが、お叱りを受けるのでは」

師は、洛瑩(ルオイン)と私を交互に見くらべ、笑みをふくんだ。

「これは、拙僧の独断ではない。住職のご意向だ」
「え……?」
「あの場では、ああ言うしかなかったのだ。この寺にも、当世の風が吹いていてな」

師は、口にいっぽん指を立てた。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。