「あれ重たいし、かさばるし、今日からみんなと一緒の肩掛けカバンの方がいいわ」と言うと、「そうだろう。その方が楽だろう」と言った。

「うん。この方がええわ。ほんまに楽やわ」と堂々と関西弁を使った。みんなが笑ったがいずれは分かってくれると思い気にしなかった。

教室でも関西弁で笑われても、「関西弁って、おもろいやろ」と逆に開き直ってみんなを笑わした。「関西弁の一部を教えたるわ。『ありがとう』は、『おおきに』と言い、『さようなら』は『さいなら』と言うのや」と教えると面白いやつだとみんなが馴染んできてくれた。

そのうち、関東弁のイントネーションが自然と身に付き、いつの間にか関東弁を交えた関西弁に変わっていった。すっかりみんなと仲良くなり交流ができるようになった。学校に行くのが楽しくなった。

自転車についても、「みんな。自転車。貸してあげるから早く乗れるようになってや」とみんなに貸し与えた。みんなは喜んで自転車で遊んでくれた。祖父が言っていた通り、自転車を介してみんなと仲良くなることができた。

祖父の教えによっていじめによる苦しさから解放された。友達もたくさんできて京都と同じように楽しい学校生活が送れるようになった。祖父に嬉しさを伝えた。

「正夫。みんなと仲良くなれて良かった、ほんとに良かった。わしの言うことを実行したお前がえらいのや。よくやった」と喜んで褒めてくれた。祖父に心から感謝した。

静岡は嫌いだと思っていたが好きになった。祖父から、「逆手に取ることが、功を成す」を教えられた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『戦争を知らない君へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。