第一章 出逢い ~青い春~

平成十年(一九九八年)二月七日(土)の朝。優子は目覚めて、昨夜のあたたかな幸せを思い返して、つくづく家族のぬくもりの有り難さを噛みしめていた。だが、あさって、父は緩和ケア病棟に入院する。優子は、これからの一日一日を、祈りを込めて大切に過ごそうと、しみじみ思った。

窓辺に立って見ると、昨日の晴れとはちがい、空はどんよりと曇っていて気が重くなった。時計を見ると、もう九時だったので、着替えをし始めた。

父 奥宮達雄が体調不良を訴えたのは、昨年のクリスマスだった。優子が作ったクリスマスケーキを少ししか食べてくれず、「最近、胃の調子が良くないんだ」と苦笑いをした。

それで、優子がやかましく言い、病院に付き添って行き、検査を受けに何度か通った結果、医者は、スキルス性胃ガンの末期で、余命三、四ヶ月だと宣告した。もう手のほどこしようがないので、年明けに緩和ケア病棟に入院するようにと、その予約をさせられ帰った。

父と娘はお互い口をきかず帰った。母 真弓は「どうだった?」と聞いたが、二人の様子を見て、それ以上聞かなかった。その晩遅くまで達雄は一人で、応接室でモーツァルトの「レクイエム」を聴いていた。

優子は二階の自室に入って、ベッドにもぐり込み、涙がとまらなかった。達雄とは恋愛結婚で専業主婦の母 真弓には、すぐにはとても言えなくて、優子は翌日に、医者の言った事を伝えた。案の定、真弓は泣き崩れた。

大手の不動産会社に勤める一級建築士の達雄は、仕事一筋に生きてきた。趣味といえば、応接室のステレオで、クラシック音楽を聴く事だった。恋愛結婚をした真弓とは夫婦仲が良く、一人娘の優子を箱入り娘に育ててきた。

優子は、花嫁修業にと、料理教室や茶道と華道の習い事をさせてもらっていたが、花が好きで、華道に入れ込み、昨年十一月から、嵯峨御流のいけばな教室を家で開いていた。

緩和ケア病棟が空くのは二月の始めだと言われ、達雄はそれまで薬をもらってしのいだ。家が曹洞宗なので、その大本山永平寺にお参りをしたいと言い、正月休みに家族三人で北陸へ一泊二日の旅行をした。これが家族の最後の思い出だった。

昨日は、優子の二十七歳の誕生日で、優子は自分の誕生花 菜の花をテーブルに飾り、家族三人 で、くえ鍋を囲み、楽しく会話をした。

「優子。お誕生日おめでとう!」と、達雄がビールを掲げて乾杯を言った。

「優子ちゃんも、もうすっかり大人ね。月日が経つのは本当に早いわ。この間まで、こんなに小さかったのに」と、真弓はテーブルの下に手をやって、幼い優子の背丈を示して見せ、懐かしそうに笑った。

「お父さん。お母さん。本当にありがとう」と、優子は微笑んで礼を言った。

「優子。今日の菜の花もいいね」と、達雄は優子が生けた菜の花をほめた。

「私、菜の花って、本当に好きなの。誕生花だからっていうだけじゃなくて、小さな黄色い花が集まって咲いてて、可愛くって、見てると優しい気持ちになれるの」

「優子ちゃんは本当に優しい子ね。うれしいわ。貴女が産まれた時、お父さんと一緒に名前を考えて、優しい女の子に育って欲しいって、ねぇ、貴方」と、真弓が言った。

「あぁ。それで、優子って私が名付けんだ」と、達雄が言った。

「あれは、いつだったかしら? 優子ちゃんが鳩を助けた事があったわね」

「小学校三年生の時だわ。公園で鳩を見てたら、一羽だけ飛べずにうずくまっていた鳩がいて、そばに行って見たら、震えていたから、抱いて連れて帰ったの。お母さんがパンをあげても食べ なくて」

「優子が可哀想だって泣くもんだから、一緒に動物病院へ連れて行ったね」

「そう。お父さんが、車で急いで行ってくれたから、手当てが間に合って、本当にうれしかったわ」と、優子はついこの間の事のように、うれしそうに微笑んだ。

「一週間ほど、うちで面倒をみて、優子ちゃんは、ポッポちゃん、ポッポちゃんって、エサをあげたり、可愛がっていたわね」

「元気になって、空へ飛ばしてやった時も、優子が泣いて困ったよ」

「あれは、うれしくて泣いたのよ」と、優子はまた微笑んだ。

達雄は、胸に迫るものがあり泣きそうになったが、娘に言うべき事を言わなければと思い、優しく娘を見て言った。

「優子。幸せになるんだぞ」 
「私、幸せだわ」
「そうじゃなくて、入江君との事だ」
「……私達、まだそんな関係じゃないわ」

優子は戸惑って答えた。入江圭一郎とは昨年の十月に出会った。友人の結婚披露宴で席が隣りになり、話しかけられた。入江は大学の理学部数学科で助手をしていて、聞くと、優子より一つ年上だった。誘われるままに、数回デートをしたが、父の病気の事もあり、最近、優子はあまり気乗りしていなかった。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『追憶の光』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。