栗に願いを

大学進学と同時に上京し、卒業後は出版社に勤めた。その出版社から出ていた『今どきの旅行』シリーズが大好きで、毎回読む度に、こんなにワクワクする本を作れる仕事っていいなあ、と単純に憧れていた。

当時世の中はバブル全盛期。各企業はあの手この手で新卒学生の獲得に必死になっていた。会社案内のパンフレットも豪華で、就職イベントでは鞄の中が粗品でいっぱいになったり、内定を出した学生たちを集めた旅行、いわゆる拘束旅行に参加する友人もいた。

そんな中、私の就職活動はすぐに実を結び、その出版社、柊出版に入社することができた。最初の取材先だった熱海特集の記事で「高梨未希」と自分の名前が掲載された時は、嬉しくて嬉しくて、その雑誌を大阪の実家や友達にも送ったものだ。

仕事はとにかく忙しかったが、楽しく、順調だった。次に出す号の場所が決まると、過去の出版物も参考にしながら、新しくできているお店や観光スポットなどを可能な限りピックアップ。中でも特徴を打ち出したお店を中心に取材場所を確定し、取材先にアポを取り、大まかなスケジュールを組む。

そのスケジュールに沿って、カメラマンの手配、取材スタッフの確保など最終調整をしつつ、出版日の目標に向かって作業できるように進めていく。体調も気遣いながら、ゴールを目指してチームで挑む本づくり。これが私の毎日だった。

大好きだった『今どきの旅行』シリーズは、海外編を出すことになり、私はそのチーフに抜擢された。新シリーズの立ち上げ、大きなプレッシャーとともに、真っ白なキャンバスに「どうぞお好きなように」と言われたみたいに、自由な発想を活かせる最高の遊び場を貰ったような気がした。

信頼できる後輩もいた。自分の理想を語り合いながら飲むお酒、前向きな気持ちになれる日々が、私の自信にも繋がっていったような気がする。

我々の努力、何より自分たちが楽しんでいるということが誌面から伝わったのか『今どきの旅行~OVERSEAS~』は、大いに売れた。増刷、増刷で「大入り袋」が出たくらい。特に約二週間の取材日程で取り組んだ南アフリカ編はテレビでも取り上げられ、サッカーワールドカップ開催に近づけば近づくほど、部数を伸ばしていった。

しかしながら、大きな会社というものは、何事も水面化で進むことが多い。ある程度の金額は決まっていたが、比較的自由に使えていた経費にかげりが見えてくることが多くなった。海外取材に通訳やカメラマンを同行することについて検討できないか、というお達しがきた時に、もうこの会社は厳しい状態なのでは? と感じた。

案の定『今どきの旅行~OVERSEAS~』は休刊の命令が下され、私のチームは解散。皆、他の部署に移っていった。チーフの私は、ここでけじめをつけようと、退社を申し出た。

異動する部署の仕事に興味を持てなかった自分。本来ならば受け入れるべき人事異動を断り、小さな会社でもいいから、自分の言葉で、自分の目で見たものを伝える場所を探そうと思った。

退職願はあっさりと受け入れられ、三カ月後の退社が決まった。有給を入れると実質二カ月。残務処理に追われながら、次の仕事探しにも奔走していた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『君と果実を』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。