ブルーベリードリーム

奈緒が選んだのが松井? と思ってしまった僕。好きだった奈緒への淡い想い、大切にしまってあった宝箱を無造作に開けられてしまったような感覚さえ覚えた。

でも、目の前の松井と葉月ちゃんの間には、姿は見えなくとも確実に奈緒の存在が感じられたことも事実だった。さっき葉月ちゃんと話した時に懐かしさを覚えたのは、奈緒の面影をどこかに感じていたのだろうか。

奈緒と僕の家は近かったけど、高校時代一緒に帰るのは付き合っているカップルだけで、二人で帰ることなんてそれまで一度もなかった。ただ、あの日、奈緒が言った。

「春日くん、一緒に帰ってもらえる?」

奈緒に新しい父親ができた日だった。そういうことに敏感になり始める年頃で、奈緒をからかう奴がいて、そいつらに僕が意見したことが奈緒の心に残ったようだ。

僕はいろんな話をして高校生らしく楽しく帰りたかったけど、奈緒はうつむき加減で口を開くことはなかった。奈緒の家に近づいてきた時にようやく言葉を発した。

「私が子供の頃に、お父さんと一緒に植えたブルーベリーなの。ちょっと恥ずかしい話だけど、私がお父さんに、『お母さんのどこがすき?』って聞いたら、どんなところが好きか、って一つひとつ話してくれたの。それがものすごく嬉しくて、今でも覚えてる。実がなったら一緒に摘んでね、お母さんには見つからないように庭で食べたりして。これがほんとに美味しいの」

どうして奈緒がその話を僕にしたのかは未だに分からない。ただ、自分の親には聞いたことないなあ、くらいにしか思えなかった僕は、奈緒の憂いに満ちた表情と潤んだ瞳に、何も言えなくなってしまっていた。

そんなことを思い出しているうちに、あの庭の画が僕の頭の中でビデオテープを巻き戻しするみたいにゆっくりと浮かんだ。奈緒が好きだったブルーベリー、時を経て今は僕が毎日目にしている。

そして、このブルーベリーが僕の今と淡い過去を繋いでくれた。なんとなくこの農園に惹かれた、というのは僕の中の遠い記憶のせい?

空を見上げる。奈緒はどんな顔をして、僕たちを見ているんだろう。実らなかったあの頃の恋、空の上の彼女に導かれるように、僕はここに辿り着いたのかもしれない。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『君と果実を』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。