屋根にあたる雨音がまた強くなっていた。

外を見ずとも雨がまだまだ降り続けるだろうと容易にわかるほどだ。コップのなかのタイティーはもうほとんど残っておらず、溶けた氷がコップのなかを濁らせている。

「実は、あいつは、僕が旅に出たことを知らないんだ」

祐介は思い切って事情を遥に伝えた。

「えっ? ご友人は知らないんですか!? 何で!?」

遥は驚いた口調で尋ねた。

「うーん、何でだろうね……」

「じゃあ、祐介さんがギターを探しているってこともご存じないんですか?」

祐介は遥の当然の疑問に返答することができなかった。

「でも、自分のために祐介さんがギターを探しているって知ったら…。私だったらすごく嬉しいですけど…?」

「この行為そのものには何の意味もないんだよ。あいつの病気がそれで治るわけじゃないし」

祐介は言葉を選びながら自分の気持ちを語った。

「それはそうですけど……」

遥はもどかしい気持ちを言葉にできなかった。

「もし、あいつがこのことを知って、ギターが見つからなかったら、お互い意味のない罪悪感みたいなものを感じることになると思ってね。旅をしている僕にとっては、絶対探さなきゃいけないっていうプレッシャーもできてしまうし」

「そもそも、別にあいつがギターを探してきてくれって頼んできたわけじゃないし……、これってこっちのエゴみたいな話なんだ」

祐介はどこか納得のいかないような顔で言った。

「でも、そのきっかけがあって、今こうしてあいつの見た世界を旅しているわけだし、足跡を追っているだけでも、それなりに満足しているんだ」

祐介は自分に言い聞かせるように話した。

「でも、見つかるといいですね。あの……もし何か私にできることがあったら言ってください。私も力になりたいです!」

まっすぐな目を向けてそう言った遥に、祐介は「ありがとう」と照れくさそうに言った。

「ところでさ、遥ちゃん、友人と仕事するって言っていたよね? 友人は今どこにいるの?」

「彼女は今、パイっていうところに住んでいて、4日後バンコクに到着するそうです」

「その友人は今、パイで仕事しているの?」

「はい。友人の香織は先月まで沖縄で民宿を手伝っていたんですけど、今はパイで期間限定のカフェをやっています。大学の同期なんですけど、どうも卒業旅行でタイに来たらハマっちゃったらしくて」

「へー、すごい行動力だな」

「そうなんですよ! すごいんですよ、行動力が! 何でも大学時代にヨガ教室で出会った女性に影響を受けたらしくって。その女性に勧められて卒業旅行でタイに行ったらハマっちゃったらしいです」

「その女性もまたすごい影響力だね」

「はい、夏美さんというんですけど、もともと日本でタイから仕入れた輸入雑貨を売ったり、カフェとかヨガ教室とかを経営していたらしいんですけど、今年からバンコクでマッサージサロンとスクールを始めることになって。それで急遽、日本人のスタッフが2名ほど必要になったそうなんです」

「なるほど、それで遥さんと香織さんの2人が、そこで働くことになったんだね」

「そうなんです。香織の紹介で夏美さんのところで働くことになったんです」

「でもすごいね。いきなり海外来るのって怖くなかった?」

「え、怖いですよ! すごく怖いですよ! 私海外旅行初めてだし、一人でここまで来ただけでも奇跡なんですから。祐介さんみたいに旅慣れしている人からしたら、全然大したことないことかもしれませんけど、私のなかではすごい大変なこととかもたくさんあるんです」

それを聞いた祐介は、顔をほころばせた。

「同じだよ。僕もこうやって旅するのは今回が初めてなんだ」

「え、ウソ!? だってすごく旅慣れしてるじゃないですか? 英語だって話せるし」

遥がそう言うと、祐介は激しく否定するように首を横に振ってみせた。

「英語は旅に出る2ヵ月前から慌ててインターネットの英会話で練習しただけだよ。必要最低限のことがようやく話せるくらいだから、難しい話になったらまったくわからないよ」

それから祐介は学生時代英語が苦手だったことや、旅先での英語の失敗談を遥に話した。