第一部 日本とアメリカ対立—

第二章 緊張の始まり

日米了解案

その七点とは、

一 国際関係と国家観念に関する日米両国の考え方

二 欧州戦争に対する両国政府の態度

三 支那事変に対する両国政府の関係

四 太平洋における海軍兵力及び航空兵力、並びに海運関係

五 両国間の通商及び金融提携

六 南西太平洋方面における両国の経済的活動

七 太平洋の政治的安定に関する両国政府の方針

(*筆者注)『日本外交文書 日米交渉一九四一年 上巻』(外務省外交史料館)に拠る。

左記引用も同様。

そして、各々の点について更に詳細を述べている。

この内、

二 欧州戦争に対する両国政府の態度

では、米国が最も反発した日独伊三国同盟の相互援助義務に触れて、

「三国同盟では日本はあくまで防御的で、現に欧州戦争に参加していない国にまで、軍事的な連携関係を拡大するものではない」

こと、及び

「相互援助義務は独伊が現に欧州戦争に参加していない国から攻撃を受けた場合のみ発動される」と説明。

更に 

三 支那事変に対する両国政府の関係

では、より詳細に、

「大統領が下記条件を容認し、且つ日本国政府がこれを保障した時には大統領から支那の総統に和平を勧告してもらいたい」として、

● 支那の独立

● 支那からの日本軍の撤退

● 支那領土の非併合

● 賠償なし

● 重慶政権と南京政権の合流

● 支那領土への日本の大量の集団移民の自制

● 満州国の承認

の項目を列挙していた。

他にも日米了解案の成立後、「通商関係の復帰」、「石油、ゴム、錫、ニッケルなどの物資の供給」とか「日米首脳のホノルル会談」なども各点において列挙されていた。

全体としては「支那からの撤退」、「領土の非併合」、「賠償なし」など、以前内部で議論した際に問題視した点はほぼそのまま明記されていた。