如月 二月

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如月晦方(つごもりがた)、蕗(ふき)の薹(とう)のかしら今し土より出でたらむやと頼みて、走る走る心ときめきしつつ外庭(ほかには)を眺め渡るに、雨打ち降りたる夕(ゆふ)さりのほどになりぬ。そは一寸(ひとすん)ほどなる、一つ、二つ、三(み)つ、四(よ)つ、十(とを)ばかり、いとあはき翠(みどり)出(い)でたる、黄金(こがね)の珠(たま)と覚ゆ。いみじう鮮やかに見えたるなど、なほさらに聞こゆべうもあらず。

 

◆いと淡(あは)き 命の翠 迎(むか)ふめり さらにも言はず 黄金の珠な

 

【現代語訳】

二月の終わり頃、「蕗の薹の頭が、この今に土から出ているかしら?」と当てにして、本当に胸をわくわくさせながら、お家の庭を眺め渡していますと、雨がひとしきり降った後の夕方になりました。それは、三、四センチほどの大きさのが、一、二、三、四、十ぐらいで、たいそう薄い緑色のが出ているのが、黄金の宝石のように思えます。とても鮮やかに見えている姿は、何といってもやはり殊更に申し上げるまでもなく素晴らしいのです。

◆それは、たいそう淡い新芽の緑色を畑にお迎えしたように見えます。もちろん、言うまでもなく素晴らしいのは、早春に迎えるという、この黄金の玉なのです。

 

【参考】

・走る走る=四段動詞の重ね使いで、胸をわくわくさせながら、どきどきしながら。

・迎ふ~客などを招く。

・めり~視覚推定の助動詞で、「…のように見える」の意味。目あり、が変化したもの。

◆さらにも言はず~慣用句で、「言うまでもない、勿論の事」。

◆黄金の珠な~「な」は詠嘆の終助詞。

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