睦月 一月

3  A

長久三年、里住(さとず)み日頃過(す)ぐしての師走、おほみそかに参(まゐ)る。この年返(かへ)りての正月(しゃうぐゎつ)ついたち、夜もすがら藤壺(ふぢつぼ)の御前(おほんまへ)の池に、羽振(はぶ)く鳥どもの上毛(うはげ) の霜を払ひ侘(わ)ぶなるを我がごとぞと思ひ分きつつ、

 

◆世の中を かく見聞きつつ(の)のちのちは いかにならむと 眺め明かいつとばかりに独りごてり。

 

【現代語訳】

長久三年(一〇四二年)、お里帰りを幾日か過ごしての師走、その大晦日に祐子(ゆうし)内親王様の元に私は出仕しました。この年が改まっての元旦の一晩中、藤壺御殿前の池で、羽ばたく水鳥達が上毛に付いた霜を払いかねているのを、まるで自分の憂さのように心の中ではっきりととらえながら詠んだ事は、

◆この世の中の嬉しい事も辛い事もこれまでいろいろと見聞きし続けて、これからの行く末は一体どうなるのだろうと、一晩中まどろみもせず物思いをして夜を明かしてしまいました。

等とつぶやいただけなのでした。

 

【参考】

・更級日記の作者、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)としての本書作者の創作。

・里住み~宮中に宮仕えする女官等が自分の家に帰っている事。一時帰郷、お里帰り。関連…里住み 内裏(うち)住み、里人(さとびと) 宮人(みやびと)

・日頃~多くの日数。ひかず。幾日か。古今異義語の一つ。

・過ぐしての~日数(ひかず)を過ごしての。四段動詞「過ぐす」。

・里住み日頃過ぐしての師走、おほみそかに参る~「~の」は時を示す格助詞。接続助詞「て」に付いて「…ての~」となる形。「里住み日頃過ぐして」というひとかたまりの句が、全体で一つの体言となり、「の」が受ける。そして、対象となるその直後の時季(この場合は、師走)との関係を示す、「…した時の~」という連体修飾語である。「数日の間、里帰りで過ごした時の→師走、その大晦日に出仕した」となる。

・参(まゐ)る~出仕する。この場合、祐子内親王様にご奉公、お仕えするために参内(さんだい)する創作設定。祐子内親王(一〇三八 一一〇五)は、平安時代中後期、後朱雀(ごすざく)天皇の第三皇女。

・藤壺~祐子内親王様がご参内なさった際の御座所(おましどころ)、飛香舎(ひぎゃうしゃ)。

・羽振く~羽ばたきする。はたたく。

・上毛の霜を払ひ侘ぶなる~水鳥が、上毛に付いた霜を夜通し払いのけかねている、しようとしてもできない。この場合の水鳥の霜は、自分の憂さ、宮仕えでの思うに任せない事など、いろいろと辛い様子を意味している。

「なる」は伝聞推定(…だろう)の助動詞「なり」の連体形。「払ひ侘ぶなる(やう=様)を」の意味。眠れぬ夜に羽音を耳にした私が、「鴨等の冬水鳥が羽根に付く霜を払いかねて、辛い私と同じように苦労しているだろう」という気持ちで、聴覚を元にしての推定判断の助動詞の用法。

・思ひ分きつつ~判断する、区別する、はっきりと思い知るの意味、四段他動詞「おもひ分く」の連用形「思ひ分き」。「つつ」は、動作の反復・継続で、幾度もそうしては、の意味。

◆眺め明かいつ~眺め明かしつ、のサ行脱落のイ音便形。書きて→書いて、等と同じ。「眺む」の第一義は「物思いしながらぼんやり見る、物思いにふける」で、古今異義語の一つ。・とばかりに~「ばかりに」は、程度や範囲を表し、「…ほどに、…くらいに」。

・独りごてり~四段動詞「独りごつ」の已然形「独りごて」+完了の助動詞「り」の終止形。

「り」は四段動詞の已然形に接続し、他に接続ができるのはサ変の未然形「せ」のみ。つまり、エ段音(五十音図において、上から四番目の段)にだけ接続する。