12月15日(火)

丸山ワクチン

「日本医科大学付属病院ワクチン療法研究施設」(以下、「丸山ワクチンセンター」と記す)へ行って丸山ワクチン注射液を求めた。いろんな行き方があるが、北行京浜東北線を田町で都営三田線に乗り換え、白山下車、というのが一番便利なようである。白山駅から徒歩15分強かかるが、それでもバスを使うよりこれが早いと思う。帰りは同線を引き返し芝公園で下りれば、勤務先会社は数分の距離である。

8時前に着き、一番乗りであった。私は今までの経過表、ワクチン注射の記録、直近の血液検査表などを出し、21日より抗がん剤治療(XELOX)を開始する、と話した。3週間1クールで半年間のコースである。

飲み薬に加えて、3週間に一度点滴のための通院が必要となる。8~9回ということになる。説明を聞いて下さった女医先生は、「現在A液B液を交互に射っていますが、化学療法で副作用の出方によってはA液の連続投与も考えましょう」とおっしゃってくれた。あとでそれを携帯電話で良子に伝えると、非常に喜んだ。

丸山ワクチンは、放射線治療や抗がん剤治療による副作用を抑制する効果が認められている。丸山ワクチンA液の同成分で更に10倍濃厚液である「アンサー20」は、放射線治療の副作用抑止剤として認可されている。健康保険の適用薬になっているのである。そのことを良子は知っている。

1週間1カ月3カ月半年1週間は無事に過ぎた。3カ月後に「お伊勢参り」はできるだろうか。それが当面の目標である。そして来年6月。良子は見事に戦い抜くであろう。

12月17日(木)

私自身のポリープ切除

今日は私自身の大腸ポリープ切除の日であった。1年前から決まっていた日程で、良子も当然承知している。本人が大腸がんを患うとは、夢にも思っていなかった。定期的なもので、私は「町内掃除」と呼んでいる。

もう7~8年前になるであろうか、健診の大便に血液反応が出た。精密検査を勧められて会社近くの「三田病院」へ行った。当時はまだ「専売病院」といっていたかもしれない。「東京専売病院」が「国際医療福祉大学三田病院」となったのは平成17年3月だそうであるから、いずれにせよその前後である。

内視鏡によって大腸の検査をしてみると、大量のポリープが見つかった。最初は私は興味があって、麻酔を選ばなかった。かなり苦しかった。痛いのではなく苦しいのである。しかしモニターで自分の腸内を見ることができた。

先生はベテランと若いのが二人で、若い方は見習いのようであった。(今日やってくれたのはそのときの若かった先生である)二人が時々、オッ、オッ、と声を出すのが面白かった。何しろイッパイあったのである。

その日は確か大きいのを10個ほど切除した。1回でそれ以上は危険だということであった。

あとで、最初の切除分は標本を見せられた。内視鏡で取ることのできる最大限で、危なかったと言われた。がん細胞があった、とも言われた。私はそれを良子の今回まで、病院の商売のためのオーバーなおどかしと思っていた。

今、ポリープ起源の大腸がんがあることを知った。健診で血栓反応があり、忠告に従い精密検査を受けたことは、幸いだった。そう、つくづく思う。

最初の頃は4カ月おきにポリープ切除を行った。そのうち半年に一度となり、3年ほど前から年一度になっている。最初の2度は麻酔なしでやったが、その後は麻酔をするようにした。

面白みはなくなったが、楽になった。ところが今日は、何の手違いか、麻酔なしでやったのである。苦しかったけれど、久しぶりに「町内」を見ることができた。随分きれいに見えた。今日切除したのは一つだけだったと思う。

麻酔なしだったので、検査が終わるとすぐに会計を済まし、帰ることができた。多少の苦しさは我慢しても、モニターできることと早く引き上げられることは、大きなメリットである。来年も、麻酔なしを選ぼうかと思う。

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。