おっちゃんは、油の煙を上げ始めた中華鍋に溶き卵を流し入れ、天津飯の具を作っている。天国飯店の天津飯は二百五十円。安い方から数えて三番目くらいのメニューだ。

安さに加え甘酢餡が疲れた体に効くのか、肉体労働者風の男たちや学生たちがよく注文する。二百五十円だから、飯の上の具はもちろん「かに玉」ではない。小口切りの青ネギと細切りの人参が入った円形の卵焼きだ。

この卵焼きをならした飯に被せ、その上に熱い甘酢餡をかける。ものの一、二分で出来上がる簡単な料理だった。今、おっちゃんが黄色い卵の上に湯気が立つ甘酢餡をかけている。

西山は、レンゲを持って待ち構え、餡をかけ終わったおっちゃんと入れ替わるように、レンゲを添えて出来上がった天津飯を客の前に出した。客に天津飯を出すという一連の作業を無言で流している二人は、体も気持ちも同じ方向を向いていると夏生には見えた。

客が天津飯を一口食べるのを見てから、西山は夏生の方にやって来て鍋に置かれた餃子を摘まみ上げた。餃子の底が少しだがキツネ色になり始めている。

「もうちょい色付いたらええわ。水入れて蓋しいや」

これだけ言うと、西山は天津飯の客のコップに冷水を注ぎに離れていった。客はゆっくりと天津飯を食べている。餃子を蒸すための水は、焼器の下に置かれた一斗缶に満たされていた。この水を柄杓ですくって鍋に入れるのだ。

夏生はもう一度、餃子の底のキツネ色を確かめて柄杓で水を注いだ。ジョワーッと勢いよく湯気が上がる。夏生はそれっと鍋に蓋をかぶせる。餃子の皮の焦げや油の臭いが交じった湯気で前が見えなくなった。アルバイト生が着る白衣に付いた臭いはこの湯気の臭いかと夏生は思った。

しばらくすると鍋と蓋の隙間から湯気が出なくなる。

「餃子を出すタイミングがピッタシいかんのや。鍋が冷めている時は、特にな」

おっちゃんは夏生の横に立つと蓋を外した。餃子はジリジリと音を立てている。白い皮には透明感が出ていた。おっちゃんは餃子返しで隣り合った餃子と餃子を剥がすようにして焼き上がり具合を見た。