明日、明日、明日

MIRAI

この章の主人公はマクベスといい、アメリカ合衆国の副大統領である。大統領はダンカンといって、マクベスは彼に昨年の大統領選挙で負けたのである。

マクベスは毎晩同じ夢を見た。マクベスが何千年も昔に転生していて、そこに三人の魔女がいるのだ。そして彼女らはこんなことを囁いた。

「マクベス様は素晴らしいお方だ」
「もう少しでダンカン王が死んで、あのお方が王になられる」
「そうすればこの国はきっと正しい道を進むだろう」
「晴れは雨、雨は晴れ」
「明日は昨日、昨日は明日」
「阿呆は悪人、悪人は阿呆」
「神を信じる者は神を信じない者、神を信じない者は神を信じる者」
「個人主義は利己主義、利己主義は個人主義」

そして彼女らは霧の中に消えるのだ。目が覚めると、神がマクベスに言った。

「またあの夢を見たのか」
「はい」
「魔女の言葉を信じてはならない。魔女にそそのかされて取り返しのつかないことになってしまった、お前とよく似ている男を私は知っている。お前は誰も持っていないものを持っているから、それを無駄にしてはいけない」
「はい。わかりました」

マクベスはマクベス夫人に夢のことを話した。マクベス夫人は、それは正夢だと言って喜んだ。しかし、いつになってもダンカン大統領は元気で、それどころか彼の人気はどんどん上がっていった。

これでは次の大統領選挙も負けてしまうと思ったマクベス夫人はマクベスにある提案をした。それは今度、ダンカン大統領がマクベスの家を訪ねた時に謀殺してしまうということであった。それに対してマクベスは言った。

「お前は自分が何を言っているかわかっているのか。確かにダンカンとはあまり気が合わないが、殺すほどじゃない。それに人を殺すような者に大統領が務まるものか」
「しかしあなたのこれまでの努力が無駄になってもいいのですか。それに、ダンカンは保守的で、いつまでたってもアメリカが進歩しません」

マクベスはしばらく黙ってからこう言った。

「殺すか、殺さないか、それが問題だ」
「問題ではありません。そもそも難しいことをいちいち悩むからいけないのです。大切なのは考える前に行動することです。そうやって行動しないでいつまでたっても悩み続けていれば、それでは何もできずに人生が終わってしまいます」

マクベスは考えることをやめてしまった。そしてダンカン大統領を暗殺することを決意してしまった。ダンカン大統領がマクベスの家を訪ねた日の夜は雨だった。ダンカン大統領やその護衛には睡眠薬の入った酒を飲ませて、彼らがぐっすり眠った頃にマクベスはダンカン大統領の部屋に入った。

ダンカン大統領の隣には彼の子供が二人眠っていて、そのうちの一人が、寝言で「我々に神のご加護がありますように」と言ってもう一人が「アーメン」と言った。

マクベスは「神のご加護がありますように」という言葉に恐怖を感じて「アーメン」と言えなかった。マクベスはダンカン大統領の耳に毒を入れて、「毒は一か月後に効くから誰も私の仕業とは思わないはずだ」と呟いた。

マクベスはしばらくの間呆然としてそこに立っていた。そして、自分のしてしまったことの恐ろしさに気づき後悔した。マクベスは「なぜ神は私に何もしゃべりかけてこなかったのだろう。いつものように正しいことを私に教えてくれれば、こんなことはしなかったかもしれないのに」

マクベスは蒼ざめた顔をして部屋を出て行った。その日からアメリカは豪雨となった。暗殺は成功し、マクベスは、大統領になることができた。マクベスの政治は良くもなく、悪くもなく、ダンカンが大統領だった時の政治とあまり変わらなかった。

そして、ダンカンを殺したことも露見することはなかった。しかしマクベスは、ダンカンとは考え方が違っていても殺すことはなかったと思い、罪悪感にさいなまれて、日増しに苦しんでいった。そして、自殺を考えたことさえもあった。

そんなある日、マクベス夫人が自殺した。マクベスは最初、驚いたが、すぐに落ち着いてこう呟いた。

「きっと何も考えていなかったのだ。あんなにダンカンを殺したくなかった私は生きていて、暗殺を勧めていたあいつが罪悪感にさいなまれ自殺した」

……明日のことはよく考えなくてはならない。そうしなければ、一日一日と時が過ぎてゆき何も進歩せずに後悔と罪だけが残り、そして死んでいく。人類の歴史も同じだ。今だけを考えている人は、楽しそうに見えるが、過去にしてしまった過ちを忘れたふりをして表面だけ笑って苦しんでいる。

これからも失敗だけを繰り返して死んでしまうかもしれない、ということを考えないで。一瞬だけの楽しみなど消えてしまえ。そんな人の生涯は歩き回る影同然だ。

自分の出番の時だけ、気取ったり、怒ったりして消えていく哀れな役者だ。まぬけの話のように、うるさいだけで何の意味もない……。そしてマクベスは言った。

「阿呆は神を信じるものであり、個人主義者だ。明日から阿呆になろう」

さらにマクベスは、自分は自殺をしないと決心した。自殺をすれば罪の償いになると思っていたが、ダンカンも自分も同じ人間なので、自殺も殺人と同じ、人の死であることに変わりない、自殺するということは罪を重ねるのと同じだということを悟ったのだ。

最後に神はマクベスに言った。

「人は誰にでも生まれつき持っている欠点というものがある。しかしそれはその人の罪ではない。自分がどのような人に生まれてくるか、誰も選ぶことはできないのだから。やがて、その欠点が大きくなっていき、すべてを台無しにしてしまうこともある。

また、生まれつき持っている美点というものが大きくなると、欠点が目立ち、消極的な人たちが受け入れない。当然か、運命のせいか。どんな美徳があっても、どんな優美さがあっても、一つでも欠点があれば、人々から拒絶される。

しかしこれだけは覚えておけ。その欠点を美点として生きていく。そんな生き方もあるのだ」

その次の日、アメリカは久しぶりの晴天だった。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。