明日、明日、明日

二十一世紀

雨が激しく降っていた。その日もいつも通り、一人で登校していた。ひとついつもと違うことがあるとすれば、今日は早く学校が終わることくらいである。

一緒に歩いて喋る友達がいなかったが、Aは退屈ではなかった。Aは神と話すことができた。

さらに神とつながって、世界中に無限にいる神々を信じる人たちと、時を超えてつながることができた。だからAは孤独ではなかった。

Aは学校に着き、教室に入り席に座って黒板を見た。黒板には右上と左下にクラス全員の名前が書いてあって、真ん中に大きく「卒業おめでとう」と書いてあった。おそらく担任の先生が書いたのだろう。

Aの左前の席には生徒会役員で、成績はいつもクラス一位の載郷(さいごう)が座っていた。載郷はAに「おはよう」と言った。Aも小さな声で「おはよう」と言ったが、あまりにも小さすぎたので載郷に聞こえたかわからない。

「今日は卒業式だね」
「うん」

今度は少し大きい声になったので聞こえたかもしれない。教室は静かで雨の音だけがしていた。そして電気がついていないので薄暗かった。少し前まではあった掲示物や時間割表はなくなっている。

教室の雰囲気はいつもと違っていたがAには関係なかった。Aの友達の恒河(こうが)がほかのクラスの友達を連れてきて、黒板の近くでしゃべり始めた。

Aは眉間をつまみ、大きなあくびをした。そして少し湿ったチリ紙で鼻をかんだ。載郷は静かに読書をしている。しばらくしてから恒河たちが黒板から離れた。

黒板からAの名前が消えていた。Aは少しも表情を変えずに黒板をただ見ていた。すると、載郷が席を立ち、黒板の近くに行くと、Aの名前を書いた。しかし彼は名前をきれいに書けなかった。彼はAの名前を消して、自分の名前も消して席に戻った。Aが載郷になぜ自分の名前も消したのか聞くと、彼は「一人だけ消えていたら寂しいでしょ」と言った。

そのとき載郷の友達の阿僧(あそう)が教室に入ってきて、教室の電気をつけた。すると載郷は阿僧の近くに行って何かを話した。阿僧はうなずいて黒板の自分の名前を消した。載郷は何人かの人が名前を消せば、誰がいじめで消されたのか分からなくなると思ったのだろう。

次に勇太が教室に入ってきた。Aは彼を見ると体育の授業を思い出した。勇太は体育が得意だったが、Aはそうではなかった。いつもAは隅でぼうっとしていて、授業が終わって道具を片付ける時も、誰のことも手伝わなかった。そんな時勇太がよく、なぜ授業に参加しないか優しく聞いてくるのがAはたまらなく不快だった。

自己表現が苦手だから自分は損するのだと気づいたAは神に、人の性格の善し悪しは中身ではなく自己表現で決まるのではないか、と質問した。中身は外見で判断するものだと思ったからである。神は言った。

「お前は自己表現が苦手な人が良い人かもしれないと思って傷つけない。これはお前が自己表現が苦手だったから気づけたことだ。お前は自己表現が苦手なせいで傷つけられたから、傷つくことがどれだけ恐ろしいかわかっているはずだ。それだけひどいことを、何も知らずにする側にならなかった自分が幸福だと思いなさい」

Aは納得した。Aが黒板を見ると勇太の名前が消えていた。次に深岸(ふかきし)が教室に入ってきた。Aは彼を見ると毎日の給食を思い出した。

Aは偏食で野菜を食べなかった。それを深岸は、好き嫌いはだめだと優しく注意してくるのである。Aは気づいた。人は自分のできることを長所とは考えずに、正しいことだと思いがちである。それも多くの人が同じことができるとなおさらである。

すると、いつの間にかその長所は義務になってしまう。その証拠にAは数学が得意だが、ほかの苦手な人は責められない。それに気づいたAは神に、みんなができないことが自分にできても、ほかで人より劣っているところがあると損ではないか、と質問した。神は言った。

「お前は自分ができることを義務とは思わないからそれができない人を傷つけない。これも人より劣っているところがあったから気づけたことだ。人を傷つける側にならなかった自分が幸福だと思いなさい。偏食はお前の長所なのだ」

Aは納得した。Aが黒板を見ると深岸の名前が消えていた。次に良太が教室に入ってきた。Aはよく彼とつまらないことで口論をしていた。

しかしほとんどは何人かが良太に賛同し、多勢に無勢でAが負けるので、しばらく彼と口論はしていない。Aは良太たちが間違っているのではないか、と神に質問した。神は言った。

「この世に悪い人や間違っている人などいないのだ。正しいと思うことが人それぞれ違うだけだ。お前が正しいと思っていることは少数派だから傷つけられやすい。しかし、そのおかげでお前は人を傷つける側にならなかったのだ。誰からも傷つけられないで誰も傷つけない者は私しかいない。傷つけられる側になった自分が幸福だと思いなさい」

Aは納得した。教室には生徒が多くなってきてAは黒板を見たが、人で見えなかった。教室にクラス全員ついた頃、みんながAの左前の席に集まって、載郷のことをほめていた。

みんながAの左前の席に集まっていたので、黒板がよく見えた。黒板には真ん中に大きく「卒業おめでとう」と書いてあった。Aは眉間に皺をよせた。そして、仕方なく載郷に「ありがとう」を言った。

神は言った。「私の力を使えば、いじめをなくすことは容易だ。しかし私はこれからもお前を助けることはないだろう。それでは、本当にはお前の心が救われないからだ。人々は私に祈るが、多くの難病が治り、AIを使ってなんでも壊したり創ったりできるこの時代に、私が不思議な力を使ってもそれは見世物にしかならない。どんな奇跡も役に立たなかったら無意味なのだ」

窓の外を見ると、いつの間にか、雨があがっていた。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。