不眠の正体

今般、私は34年間勤めた職場を退職した。定年退職ではない。私は保健師だ。私は一生涯、定年退職後も保健師として死ぬまで働き続けたい、そう常々思っていた。けれども、定年を待たずに退職した。地球規模で人々の幸せを破壊する未曾有の最恐ウイルスの脅威に世界中が震え凍り付く中、公衆衛生の最前線で見えない敵に全身全霊で立ち向かう専門職、それが保健師だ。

日本において発生してはいけない健康危機が発生したら、いついかなる時でも即座にその危機管理を行う、それが保健師、とりわけ保健所保健師の役割だ。

例えば、新型コロナウイルスだけでなく、エボラ出血熱、SARS、鳥インフルエンザなど、日本で発生してはいけない感染症を疑う患者を病院の医師が診察したら、夜中であっても、お正月であっても、まず保健所に連絡が入り、保健師が初動して危機管理にあたる仕組みになっている。

また大規模地震の発生、豪雨などの甚大な被害発生など、いつ起こるかもしれない自然災害による健康危機発生時にも、保健所保健師が最前線で活動することになる。

かつて保健師は絶滅危惧種とまで揶揄された時代もあったが、現在では大地震などの自然災害や感染症のパンデミックのような健康危機の発生時には、とりわけ、保健師は人々の生命と健康を守るためには無くてはならない専門職であることが社会全体に認識してもらえた気がしている。

ようやく保健師の存在意義が社会に認められるようになり、ここからがウイルスとの闘いの正念場であり、保健師としての力の見せどころであると保健師たちが奮い立つ最中に、私は保健師の職を退いた。私は組織の保健師統括を務めていた。

私は保健師統括でありながら、未曽有の有事を前に敵前逃亡したのだ。最前線で闘う仲間を置き去りにし、守るべき県民を見捨て、自分だけ、のうのうと安全圏に逃げ込んだ。

私はこの非常事態の有事の中で仲間が潰れないよう、保健師としての誇りと自負を持って見えない敵と闘えるよう、そして保健師たちの力がマックスに発揮できるよう統括しなければならなかったはずだ。けれど、私は仲間たちを守り通すことをやめ、仲間を見捨てた。とんでもない卑怯者だ。

この想いは、一生、私の中から消えない。いくら自分の身体や精神が壊れようとも、私は最期まで現場の最前線で仲間とともに闘いたかった。

「仕事で死ねるなら本望」

とさえ思っていた。それほどまでに私は自分の仕事を愛していた。けれど結局、最後は自滅した。身体が壊れきってしまった。身体が再起不能になり、自分自身の身の回りのことすらできなくなってしまった。結果、保健師として、統括として、私の身体は、特に私の神経は動くことができなくなり、役に立たなくなってしまった。そして職を辞した。

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