桜山市立志希小学校の卒業式が華やかに厳かに始まった。

校門の両側に、誇らしげに立て飾ってある日の丸の旗が、時たま風になびく。

ひらひらとまるで、拍手をして式典を祝福しているようだ。式場に入って行く人々が、その旗に軽く会釈をしていた。

式典は順調に進み、卒業証書の授与も終わり、お決まりのえらい方々の退屈な挨拶も、最後の一人が終わった。

お別れの『蛍の光』を皆で歌い終わり解散になった。

僕は母親に、友達と話が有るので先に帰る様にいって、上田を探して声を掛けた。

あの日の教室での、気持ちがそうさせた。

彼をグランドの片隅へ連れて行った。

「上田君もう会えないね。東京にはいつ行くの?」

「明日、出発するよ」

「明日なの。寂しいね」

「滝沢君。いつか又どこかで会えるよ」

「そうだね、上田君きっと会おうね」

鉄平は、本当はもう二度と会うことは無いと思った。むしろ合わない方が良いと思った。

「滝沢君、いつか会えれば、きっと今よりも君の事が好きになっているよ」

「有難う。上田君。僕も同じ気持ちだよ」

思いとは少し違うことをいった。

友情と恋敵の複雑な気持ちが入り混ざった。

最後に上田が、鉄平の顔を正面に見ていった。

その時、校内放送があった。

「佐藤先生、佐藤先生……」「滝沢君。僕はきっと大学生になったら……」「……至急職員室まで帰って下さい」

校内放送の音声で最後の言葉は、聞き取れなかった。

「上田君、今、何ていったの? 最後は放送の音で分からなかったけど、大学生になったら何とか」

「そんな大事な話ではないよ、気にしないで」

上田は、鉄平の目をじっと見て笑った。

「さようなら、上田君。元気でね」

「うん、滝沢君も元気でね」

二人は別れの握手をした。

本当は、これでもう会う事は無いと思った。

それを最後に、上田は校門に向かって歩いて行った。なぜか姿が見えなくなるのを、最後まで確認した。

二人の様子を、校舎の片隅から見ていたらしく華岡朋子が待って居た様に、鉄平のそばに駆けよって来た。

彼女もお母さんに、先に帰って貰っていた。何か、ためらいながら鉄平に話しかけた。

「滝沢君。さっき上田君から、手紙を渡されたの」

「どんな手紙?」

「まだ読んでないので知らない」

甘えた声だ。

鉄平にその手紙を渡した。

二人は並んで学校の裏門から出た。

途中ですれ違った森山がひやかした。

「よう、よう、アベックさん仲がいいね」

学校の横に流れる、川幅が五メートルほどの、志希川の木製の橋の中ほどで手紙を開いた。通行人は、誰もいなかった。

川面は時間を忘れたように、ゆっくりと流れ透明で美しく輝いていた。

鉄平は、上田の手紙を開きゆっくり声を出して読み始めた。

「華岡さん。僕は何時までもあなたの事が好きです。何処に行っても決して忘れることは出来そうにないです。いつか、きっとあなたに会いに帰って来ます」

そして、引っ越し先の住所が書いてあった。

鉄平はなぜか華岡の顔を見ないようにして聞いた。

「この手紙はいる?」

それまで、やや、うつむき加減に川面を見つめて聞いていた華岡が鉄平を見て。

「その手紙は、私はいりません」

はっきりとした声でいった。

「わかった、本当にいらないね」

鉄平は、手紙を小さく破って橋の上からまいた。まるで桜の花びらが、ひらひらと風に任せてわびしく散っていくようだ。

上田の思いを乗せて、川面にたどり着くとゆっくりと流れた。中程に水面から頭を出している石に、流れが当たり少し止まり、そして決心をした様に左右に別れて流れた。

上田と華岡の決別の場所の様に思えた。

その石は、きっと鉄平自身だ。

二人は、覚めた視線で別れて流されて行く手紙の残影を長い時間眺めていた。

帰り際に、彼女がぽつりと独り言の様につぶやいた。

「滝沢君、中学生になっても私達はずっと相思相愛でいましょうね」

鉄平は思わぬ華岡の言葉にたじろいた。

「うん、好きだよ華岡さん、約束だよ」

卒業と同時に自信と希望が湧いてきたと感じた。

男らしく胸を張って、中学生になる決心した。

そうだ。もう僕達は中学生なのだ。

鉄平は、橋の上で今日のことを何時までも忘れないと胸に刻んだ。

きっと二人は忘れない。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『爽快隔世遺伝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。