卒業式まで、あと一週間となった日の事だった。四人はクラスでおかしな噂を耳にした。それは、同じクラスの上田武志が、華岡朋子を好きだと皆にいっているらしい。

初恋グループの四人は、その日の放課後、上田を皆が帰った教室に呼びつけた。鉄平はこのグループが成立する前は、エキストラ仲間の上田武志、森山誠と仲良し三人組で、昼休みの時間は毎日のように、その頃テレビで人気だった、探偵ごっこをして遊んでいた。

松本と鉄平は並んで窓際にもたれ腕を前で組んでいた。沖中と華岡は椅子に腰かけて上田を囲むようにした。松本が一度小さく咳払いをして上田の顔を見ていった。

「君は華岡さんの事が好きだと皆にいっているそうだな」

沈黙が暫くあった。

鉄平はなぜか、下を向いて上田の顔を見ない様にしていた。

この沈黙という時間を止める力は、一体何なのかと考えた。

この空間は、心の真実を確認するための必要な時間だろうか。

不思議な事に長くは感じない。

鉄平は自分がいけない事をしている様な気持ちになった。

上田は暫く、うつむいて教室の床をじっと見つめていた。やがて顔を上げるとゆっくりと口を開いた。

「本当だよ。誰にも負けない」

今まで見た事がない真剣な顔で上田はいった。

「でも上田君それは君の片思いだよ」

松本が事務的にいった。

その時、華岡は上田を見て寂しそうに目を閉じた。

そして松本は子供にいい聞かせるようにゆっくりと上田にいった。

「上田君ね、華岡さんと滝沢君は相思相愛だよ」又難しい大人の言葉で説明した。

鉄平は、なぜか後ろめたい気持ちと不思議な優越感を感じた。

鉄平は勇気を出して上田の顔を見ていった。

「上田君、僕と華岡さんは相思相愛だよ」

その言葉を待っていたかの様に上田はいった。

「でも僕も、華岡さんの事が本当に好きです。華岡さんいけないですか?」

それを聞いた華岡は、椅子から立ち上がると、少し顔を赤らめながら、鉄平の横にすっと並んで立って上田の顔を見ていった。

「上田君。有難う。でも私は滝沢君の事が一番好きです」

 上田はなぜか華岡ではなく、鉄平に向かって。

「でも僕は、自分の気持ちに嘘はつけない」きっぱりといった。

何かとてつもなく強い大きな決意が、この場を凍結させた。

上田が、覚悟をした様に少し声を震わせてさらにいった。

「滝沢君と華岡さんは中学生になったら、いつでも二人で会って話が出来る。僕は華岡さんの姿を遠くから見ることもできない。なぜなら父の仕事で卒業したら東京の中学に転校する」

「え、……上田君それはほんと? 知らなかったよ」

鉄平は驚いて思わず声が出た。

三人にそれぞれ驚いた演出が漂った。

上田はそれだけいい終わると、ランドセルを片手に持って教室から逃げる様に出て行った。木造校舎の廊下の軋む足音が徐々に小さくなって聞こえなくなった。

上田の黙って去っていく後ろ姿を見ていた鉄平は、何かむなしくなった。

きっと華岡も、何かわからないが大きなものを肌で感じていた。でも反面、彼が近くにいなくなると思うと鉄平は不思議な安心感を覚えた。

僕達は、それぞれ大人になっても忘れることはないであろう、小学校最後の事件を終えて卒業式の当日を迎えた。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『爽快隔世遺伝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。