十一月二日(東京都港区)

午前の三時間をまるまる費やしたコンサルタントとの打ち合わせを終えると、生卵を放り込んだ牛丼を掻き込んで、私はオフィスへと急いだ。お金が無い訳ではない。今は一分一秒でも惜しいのだ。悠長に食事に割いている時間など無い。もう一品付けようかと少し悩んだが、食べ過ぎは仕事のパフォーマンスに差し障ると思って我慢した。食事は空腹さえしのげれば十分だ。

それに、もう暴飲暴食が許されるほど若くもない。健康のためにはカロリーの管理と体重の維持にも注意を払わなければならない年齢だ。 案件は佳境を迎えていた。投資判断の最終決定が下される取締役会まであと二週間しか残されていない。我が社はこれまでにも米国での事業をいくつか手掛けた実績があるが、省エネルギーは初めての領域だ。

しかも、非上場のスタートアップベンチャーへの投資というのも前例が無い。良くも悪くも大企業気質で、これまでリスクの高い案件への参画には消極的だったのだ。だが、近年の大規模な金融緩和によるカネ余りと同時多発的なイノベーションの波によって、今や空前の起業ブームだ。

雨後の筍のように乱立するベンチャー企業の群れを前に、カネを持て余した投資家たちが未だ世に出ていない金の卵を見つけようと、日々タカのような目を光らせている。

起業家の側も、過去最低水準の金利を背景に外部資金の調達には余念がない。何億円調達した、どこそこの上場会社と提携した、そういう宣伝文句自体が彼らにとっては一種のステータスとなり、それが新たな投資の呼び水となる。このマネーゲームは財政当局の意図的な低金利政策によるバブルである可能性も否定できず、リスクの高い博打だ。

だが、もしその金の卵がうまく孵化してくれれば、投資家と起業家の双方がIPOを通じて巨額の利益を手にするというシナリオが描ける。

米国のエージェントから毎月送られてくるマーケットリポートの中にこの企業を見つけたのは半年前だった。この会社は設立してまだ日が浅く、従業員も数名の技術者しかいないが、特殊なタービン技術によって発電効率を大幅に高める国際特許を取得している。私たちはその特許技術に目を付けた。タービンはほとんど全ての発電技術に使用されている。

動力によってタービンを回し、電気を生成する。火力だろうが水力だろうが原子力だろうが、基本的な構造は同じだ。そういった意味で、この技術は汎用性が高く市場の裾野は広いと睨んだ。

また、エネルギー転換効率の向上によって既存技術を超える省エネ効果が見込めるため、燃料コストを削減できるだけでなく、この分野に関わること自体が「環境にやさしい企業」というイメージ戦略にもなる。まさに一石三鳥のプロジェクトだ。

当面の課題はタービンの耐久性向上と量産体制の確立による製造コストの低減で、投資先はそのための研究開発資金を必要としている。まだ目に見えた売り上げが立っていないために金融機関から融資を受けることが難しく、第三者割当増資の引受先として我々が名乗りを上げようというわけだ。

技術的なハードルをクリアした暁には事業化へ大きく近づくはずで、その際には我が社が持つ顧客ネットワークも販売網として大いに活用が見込まれる。何としてもモノにしたい案件だが、競合企業も同社に目を付けているという未確認情報があり、買収に向けて駆け引きが本格化している。