破門柘植(つげ)(とら)次郎(じろう)

試合形式で一本を取りに行く互角稽古は審判抜きの真剣勝負。先輩の胸を借りるのではなく、本気で勝ちに行く。

「メンだあああっ!」

「コテエエエッ!」

紙一重の勝負に血が騒ぐ。

「柘植先輩、お願いします!」

成木(なりき)か。中学の部活が終わってから道場にやってくる、熱心で見どころのある二つ下の後輩だ。

「よし、やるか」

「お願いします!」

互角稽古だから後輩相手でも手加減はしない。隙があればバンバン打ち込む。

「メンだああっ!」

「もう一本お願いします!」

「メンだあああっ!」

「まだまだあっ!」

成木はよくがんばっている。しかし、格下の相手と長くやっている訳には行かない。俺には俺の稽古がある。

「次で最後だ」

「はいっ」

一度間合いを切って、遠間から仕切り直す。

肩で息をしているようではだめだぞ。息を吸った瞬間は居着いてしまうから打ち込まれても反応できない。技の尽きたところや居着いたところは打突の機会だと教えただろう。

成木の目の色が変わった。渾身の一撃がくる。

そう察知した瞬間、成木と革ジャンの姿が重なり、ダガーナイフで刺される錯覚に襲われた。

PTSD(心的外傷後ストレス症候群)とフラッシュバックによるパニック。生死に関わるような強いストレス体験が心の傷となり、その体験を思い出させるきっかけに触れることで突然つらい記憶がよみがえって、動悸やめまい、呼吸困難、吐き気などの発作を繰り返し起こす心の病気。

このあと連れて行かれる病院でそう診断される訳だが、このときは自分がそんな病気だとは露ほども思わないし、その瞬間は病気を自覚していてもどうしようもない。