【前回の記事を読む】多くの若者が外国へ飛び出た60年代の「大きな社会的事件」とは

Ⅰ ヨーロッパ

(二)イアエステ

私が外国への羨望を強めたのは、高校時代に接した文学や映画の影響が大きかったと思う。それも多くはヨーロッパに関するものが多かったから、私の関心はアメリカではなくヨーロッパに向かっていた。

夏目漱石の『倫敦塔』、永井荷風の『ふらんす物語』を初めとして、様々な日本の近代作家の滞欧記に刺激を受けた。また長いフランス滞在の後帰国した、きだみのるの『気違い部落周游紀行』を読んで、そのフランス風の辛辣な批評精神に驚かされた。

彼はまた若者向けに書いた『気違い部落の青春』で、日本の若者は自ら進んでチャンスを見つけて日本を飛び出せとアジっていた。そういえば私は高校2年の時、東京辺境の廃寺に住む彼を訪ねたことがあったが、あいにく不在であったのを思い出す。

彼が諧謔心からつけたこれらの本の題が、差別用語だというので現在抹殺されたままなのは、どうしても納得いかないことだ。映画では当時、フランスを中心としてヌーヴェルヴァーグが隆盛で、私はゴダールやルネ・クレマンやルイ・マルなどの作品はよく見た。

『軽蔑』に出てくる紺碧のカリブ海に浮かぶ崖上の別荘。『太陽がいっぱい』の、美しい漁村のマルジュの別荘と、トムが歩き回る市場の喧騒。『死刑台のエレベーター』で夕闇のパリの街角を徘徊するジャンヌ・モローと、その後ろ姿にかぶるマイルス・デイヴィスのトランペット。それらのものが、私に深く影響したことに間違いないのだ。