【前回の記事を読む】街路の中の滞在先…笑顔で迎えてくれた「イギリスのお母さん」

Ⅰ ヨーロッパ

(四)ロンドンの日々

私の後に直ぐ話にあった、スウェーデンとオーストリアから夏季の英会話学校に通う2人の若者がやって来た(もう名前を思い出せない)。

その日か次の日に、3人で夕食後に近くのパブに出かけた。その当時のパブは入口が2つあって、室内は中央にサービスカウンターがあって2つの空間に分かれていた。

1つはブルーカラー用で同じものでも立ち飲みで安く、もう1つはホワイトカラー用で少し高目で椅子に座ることもできた。その利用形式は何も厳密に守られていたということではないが、私が初めて目にしたイギリスに残存する階級社会の姿だった。

我々は勿論安い立ち飲みの方で飲んだ。まさか今はもうそんな区別は有名無実だが、古さが売りのパブにはそのままの姿を残しているのもあるのだろうか。

そこで飲んだ初めてのイギリスのビールは生暖かくて、ビールの成分が残っているような感じで、独特の香りがした。これがよくイギリスの小説に出てくるエールというやつかと合点した。その後回を重ねるうちに結構病みつきになった。

もともとパブは産業革命期に始まる都市へ流入してきた人々の、居間代わりの文字通り公共の家(パブリック・ハウス)として発展してきたものなのだが、多くのパブが建物の内外部に当時のままのデザインを残していたから、私はエールと合わせてそれを色々鑑賞するのが楽しみになった。

しばらく経ったある日の夕食後、遠からぬ所にドッグレース場があるというので、また3人でバスに乗って出かけた。

陸上競技用程の大きさのトラックが明るい照明の中に浮かび上がり、労働階層と思われる人々がいっぱいだった。5、6頭のグレイハウンドが出てきて、トラックの内側のレールを走るウサギのダミー人形を追いかけるのだった。1周してゴールとなると、ダミーウサギは地中に消えて、係員がウサギの毛皮と思われるものを放り入れて、それに犬が皆飛びかかった。

それが何レースも行われ、人々はダフ屋と思われる人々から、馬券ならぬ犬券を買うのだった。我々もはした金で券を買ったと思うが勿論ダメだった。

私は日本で競馬場に足を運んだことはなかったが、ここの雰囲気は当時の日本の競馬場と似たり寄ったりのものだったろうという気がする。イギリスの競馬場といえば、重大レースの時などは紳士淑女の社交場さながらになると聞いていたから、馬と犬の違いの中にも階級社会の姿が映し出されていたことになる。

アメリカに渡った仲間の山田はラグビーをやっていたが、彼はよく、イギリスではラグビーは紳士のスポーツなのだといっていた。ロンドンで生活を始めてみると、サッカー(イギリスではフットボールといっていた)の試合結果などが新聞で大きく取り上げられていて、一般市民はラグビーよりサッカーに熱中しているようであった。ラグビーとサッカーの対比も階級社会を反映しているように思われた。

日本にも勿論、家柄、学歴、貧富などの違いはあるものの、それを社会の階層差としてはっきりと意識することは少ないのだが、このロンドンではまだ来て間もない私などの目にも、それが感知されるというのは驚きだった。