【前回の記事を読む】1人暮らしを始めた毒親育ちの女性「何もかもが幸せで夢のようでした」

毒親から逃れる──心理的な距離を目指して

1.人に受け入れられたい一心から崩れていく幸せな日々

「雑用ばかりしてそれほど人とかかわらない間は、ぼろが出なかったんです。でも3カ月もたつと、よく頑張ってるねと言ってもらえて、雑用ばかりじゃ可哀相だ、そうですね、他のことも少しずつ経験してもらいましょうかという声も出るようになって。結局雑用なんですけど。取材のお供をしたり、編集の手伝いをしたり、埋め草の記事を書くための資料を探して下書きを書いてみたり」

「そうすると、その頃は気づきませんでしたが、すごく緊張し始めていたみたいなんです、失敗しちゃいけないって。タクシーに乗れば領収書をもらいあとで清算する、記事の内容や配列を確認して先輩にチェックしてもらう、そんな簡単なことにも神経を使っていたように思います。

でも一番緊張したのは、先輩や上司との会話でした。人と一緒に仕事をするというのが、こんなに気を遣うことだと思っていなかったんです。友だちや先生、彼氏とはいくらでも会話してきているはずなのに、電車やタクシーの中で、職場で、何を話していいかわからないんです。ただ元気よく返事をしているだけではだめで、自分の考えを聞かれたり世間話をしたり。世間話って何なんでしょう? 今もよくわかりません。一人暮らしのことを聞かれても、慣れました、楽しいですと言ってそこで終わり。天気の話をされても、そうですね、で終わり」

話すうちに、笑うとも泣くとも取れそうな彼女の口元のゆがみが、少しずつ大きく表れるようになった。それとともに、彼女の話に合わせて調子を変えながらウン、ウンとうなずいていると、私の顔を見ないまでも、こちらに少し首を傾げながら話すようになった。人に話しかけているような雰囲気が少し出てきたようである。

「会話ができなくても、始めは人の話を素直に聞くねとほめられ、優しくしてもらっていましたが、しばらく経つと、大してかまってもらえなくなりました。そうすると、皆さんに嫌われ出したのではないかと気になり出して、いてもたってもいられなくなりました。でもどうしていいかわからず、仕事は何かないかと、辺りをきょときょと見回すばかりで」

「誰からも関心を向けられていない感じですかね、昔、帰るところがないと感じたときのような索漠とした感じにとらわれはじめて、怖くなって。そうすると誰かから、あの子はこの仕事に向いていない、と言われるんじゃないかと思い始めて、仕事に行くことや会社の人の顔を見ることまでが怖くなり始めました」