あこ、行こ。叫び声の方に走る。やっと手を放された所は、派出所の前だった。ぜいぜいと息が上がり、膝が震えている。

「ここやったら、ぜんぜん大丈夫や。ええ考えやろ。それで、みんな揃ってる? ああ、シュリもちゃんと居てるな。ほんま、世話かかるなぁ」

ありがと。不意に涙が零れた。

「なんで泣くねん。これやから、お嬢様は困るわ」

その日から私の渾名は、お嬢になった。夜も更けて家に帰ると、母親と塾の先生が待っていた。

「なん、なんて格好を――。今までどこに居たの。今日、あなたの帰りがあんまり遅いから塾に電話したら、夜学には通ってないって先生に聞いて。どういうことなの。ちゃんと説明しなさい」

今にも頭から湯気が噴き出しそうな母親の横で、先生は申しわけなさそうに突っ立っていた。

「分かったって。ちゃんと言うから。その先生を帰らせて。他人に怒られてるとこ、見せとうないわ」

「他人って、なんて言い方するの。先生は心配して家まで来て下さったのに」

他人は他人だ。決して母親を身内と思ってるわけでもないけれど。

「分かりました。でも、きちんと話を聞いてやって下さい。お願いします」

母親はいかにもいらぬ節介だという顔をして、ええ、と返事だけはした。玄関を出ていった先生を、母親の声を振り切って追いかけた。辺りは今にも消えそうな街灯がポツンと灯っているだけで、ほぼ暗闇だ。先生の白いシャツだけが、ぼんやりと浮かび上がっている。

「先生、待って」