スミレ

♪『二人でお酒を』(梓みちよ)

山間部から平地まで、全国に約80種の原種がある日本は、すみれの宝庫と呼ばれる。すみれは古くから人々が親しんできた春の山野草で、大きめの花のイソスミレ、薄紫色の花のタチツボスミレ、白い花のシレトコスミレ、淡紅色のエイザンスミレなどが有名だ。

古今東西の詩歌のモチーフとなってきたすみれだが、松尾芭蕉の句も、その奥ゆかしさと清楚さを端的に表現しているだろう。山路来て何やらゆかしすみれ草芭蕉が42歳で詠んだこの句には、「大津に至る道、山路を越えて」との前書きがある。芸術性の高い作品に昇華させた功績により、芭蕉は日本史上最高の俳人の一人と言われる。

小鳥のさえずりに誘われて、台所の窓から月桂樹の枝を見上げると、木の芽時の空の手前で、雀と鶯が二羽ずつ小刻みに横移動していた。雀より一回り小さい鶯は、幼鳥なのか、フーフキュキュと舌足らずの鳴き声を張り上げる。しばしバード・ウォッチングをし、視線を落とすと、ほぼ咲き終わった濃紫色の花のニオイスミレの群れが、今年もある。微かな芳香があり、葉は丸みを帯びた心臓の形だ。

『すみれの花咲く頃』という宝塚歌劇団を象徴する曲を知っているだろうか。元々1953年に西ドイツで作られた映画『再び白いライラックが咲いたら』の主題曲だった。日本ではすみれに換わり、宝塚の歌として定着することになった。それで今回、2020年一月に76歳でこの世を去った、梓みちよの曲を取り上げた。

福岡市出身の彼女は、宝塚音楽学校在学中にオーディションに合格して、1962年に『ボッサ・ノバでキッス』でデビューした。翌年、『こんにちは赤ちゃん』で日本レコード大賞を受賞。紅白歌合戦にも七回連続出場している。70年代の『二人でお酒を』も彼女のヒット曲で、世代を超えた人気歌手の仲間入りとなった。

お互いのせいだから、恨まないで別れて、寂しくなったら、二人でお酒を飲もう、とのドライな別れの曲を歌う梓みちよの声は華やかなアルトと感じるが、甘いハスキーボイスと言い表す人もいる。二人でお酒を飲むのなら、例えば、朧月夜の春の宵。例えば、疎遠になった寡黙な人。例えば、すみれの花びらをグラスに浮かべた赤ワイン。