【前回の記事を読む】テレビの主題歌にも…宇多田ヒカルが亡き母におくった歌とは?

ハナミズキ

♪『僕が僕であるために』(尾崎 豊)

桜の花が散り始めると、市役所通りの主役はハナミズキへと入れ替わる。一青窈の歌で有名になったハナミズキは、北アメリカ原産で、バージニア州の州花である。最近では、日本でも庭木として馴染み深い。2019年のNHKの報道による東京街路樹ランキングでは、一位がハナミズキで六万本を超え、二位がイチョウ、三位がサクラになっていた。

葉より先に白または薄紅色の可憐な四枚の花弁に見える苞が出る。花は小さく、黄緑色の粒粒が中心に集まっている。苞は枝の高所に付き、上に向かって開くため、傘をさしたような樹形を高い位置から見下ろすと、一段と美しい眺めを楽しむことができる。

文献を紐解くと、英語名の「ドッグウッド」の由来は、ハナミズキの樹皮を煎じた汁が犬の蚤退治に使われて、「犬の木」と呼ばれ始めたことによる、とわかる。日本に自生する山法師に似ているため、ハナミズキにはアメリカ山法師という別名もある。

1912年に東京市長だった尾崎行雄が、平和の使者としてアメリカに寄贈した桜の返礼として、アメリカ政府から贈られたのが、ハナミズキだった。その時の桜は、アメリカのポトマック河畔などに今も咲き、ハナミズキは当時の原木が小石川植物園にあり、原木から育成された記念樹が日比谷公園にあると、小耳に挟んだが、新型コロナウイルス禍の外出自粛要請のため、見に行くことができない。

当時の尾崎東京市長と同じ姓の、記憶しておきたい男性がいる。ミュージシャンの尾崎 豊だ。26年の短い生涯の幕を閉じるまで、ナイーブな若者達の共感を独り占めにしたカリスマだった。

『15の夜』や『卒業』がヒットしていた35年前は、「盗んだバイク」とか「窓ガラス壊した」との歌詞に抵抗を覚えて、じっくり聴かなかった。今改めて向き合うと、ガラス細工のプリズムが放つ光彩のような旋律と言葉の融合がある。『僕が僕であるために』は人を傷つけることに戸惑いながら、正しいものは何なのかを探求する歌。純真な心が寄り添っている。

28年前の4月30日、護国寺で行われた追悼式に集まった、およそ四万人のファンに、鬼籍に入った尾崎 豊が伝えたかったのは、ハナミズキの花言葉である、「返礼」と「私の想いを受けてください」だったかもしれない。