【前回の記事を読む】季節を歌ったヒット曲とともに思い出す、「しおひがり」を「ひおしがり」と発音するあなたへ

第一章 春

ミモザ

♫『未来へ』(Kiroro)

炊事に慣れていない頃は、料理本を見ながら煮炊きをした。初心者時代に覚えたミモザ・サラダは、台所に立つのが楽しくなる一品だった。ゆで卵の黄身を裏ごしして、細かく刻んだ白身と共に野菜に振りかけ、好みのドレッシングを添えればいい。ミモザが花の名前だと知ったのは、後になってからだった。

アカシアの仲間で黄色い花のものを、一般にミモザと呼ぶ。日本でよく見かけるのは、銀葉アカシアで、球状の花が穂になって咲く。三月の陽光を浴びて咲くミモザは、春の到来を感じさせる樹木だ。ヨーロッパでは、イースターの頃に咲く花として親しまれている。

イースターはキリスト復活の記念祭で、三月二十一日以後の満月の日の次の日曜日と決まっている。復活祭では、彩色した鶏の卵、又はチョコレートで作った卵を、生命の象徴として贈り物や飾りにするが、それは、復活祭の前夜にウサギが卵を持ってくるという言い伝えがあるからだ。

最近見た料理書『日々の野菜帖』(高橋良枝・朝日新聞出版)に和風のミモザ・サラダがある。料理名は「菜の花の簡単混ぜ寿司」と書かれている。ダイダイの搾り汁で作った寿司飯に、筍とウドの薄切りと、茹でた菜の花を混ぜ、ミモザ・サラダのようにゆで卵を散らしてある。色合いに食欲をそそられる。

黄色は、古代エジプトでは最高神の太陽神を表す、生命と永遠と豊かさのシンボルだ。中国思想の陰陽五行では中央の天子の色で、ヒンズー教でも、聖色とされている。だが、キリスト教では、ある使徒の衣服の色から好ましくないイメージが残り、臆病・卑怯・退廃などを連想させる色となっている。

ともあれ、黄色が私達に与える印象は、明るさ・元気・確信・華やかさなどであろう。

今回のヒット曲は、キイロの、ではなく、キロロの『未来へ』だ。ボーカルの女性の美しい声はミモザの花と相性が良さそうだ。彼女の母親からの教訓が歌詞にある。

私には母から教え諭されたことはないが、真似していることがある。春先に八朔を一日一個食べることだ。美味しいと言って食べていた母は、奇異な感じだった。いつからか、私も同じことをしている。

グラスにスパークリングワインとオレンジジュースを注いで、ミモザという、覚えたばかりのカクテルを作りながら、近い未来を思い描いた。