第三章 芝居に潜む謎

『碁盤太平記』

『仮名手本忠臣蔵』の原点は先行作品である『碁盤太平記』とされている。その最大の理由が、両作品とも元禄赤穂事件を題材にしていることに加え、主な登場人物に充てられた名前が究めて酷似しているという点にある。

主な登場人物とは元禄赤穂事件に関わった人物で、その主体が四十七士と呼ばれる赤穂浪士であり、芝居の上においては、その殆どに実名を捩った名前が充てられている。それらは架空の人物名であるにもかかわらず『碁盤太平記』『仮名手本忠臣蔵』の両作品に跨がっており、しかも、その名前からは実在の人物を容易に特定出来る仕掛けとなっている。

この仕掛けは、公儀の決定に従い切腹した浅野内匠頭や赤穂浪士らを実名で登場させることが憚れた結果と考えられる。先行作品のアイデアである架空の人物名をそのまま流用することはずばり盗用であり、今日の法律に照らすと著作権の侵害に該当するが、少なくとも江戸時代には国内に著作権法なる法律および概念自体が存在していなかったことから、先行する他人のアイデアを自らの作品に取り入れることには全く規制がなかった。そのため『仮名手本忠臣蔵』においても『碁盤太平記』に登場する人物名をそのまま流用したことについては全く問題にならない。

しかしながら、著名な作家ともなればオリジナリティに拘るのは当然のことであり、それなりのレベルにある作家であれば基本的に盗用などはしないはずである。となれば、先行作品からのアイデアを流用してもさして問題にはならないという関係が、両作品の間に存在していたのではないかと考えられる。このことについては以降の記事でしっかりと検証したい。

それでは、実際の元禄赤穂事件に関わった実在の人物と両作品に登場する人物名をこれまでの記事で示した登場人物名を参考にその互換性を確認しておきたい。例えば、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は大星由良之介(おおぼしゆらのすけ)、『仮名手本忠臣蔵』では大星由良之助、その息子大石主税(おおいしちから)は大星力弥(おおぼしりきや)、堀部安兵衛(ほりべやすびょうえ)は堀井弥九郎(ほりいやくろう)、大高源五(おおたかげんご)は大鷲文吾(おおわしぶんご)といった具合である。

大石内蔵助は名前の韻をやや変化させた大星由良之介としているが、その名前からそれが大石内蔵助であることは容易に連想することが出来る。このほど良い韻の変化がなんとも奥ゆかしい。

息子の大石主税は父親と同じ大星に主税の読みである「ちから」を「力」の音読み「りき」に変換させ力弥(りきや)としている。同様に親子で同志に名を連ねる堀部安兵衛の堀井弥九郎も同様に韻をやや変化させているだけであるが、義父の堀部弥兵衛も堀井弥惣とし、堀井弥までを共通にして親子関係をより強調している。大高源五については高(たか)を鳥の鷹に見立てて、その鷹をさらに鷲(わし)に捩って大鷲としている。

一方、元禄赤穂事件前半の主役である浅野内匠頭と吉良上野介については、それぞれを塩冶判官(えんやはんがん)、高師直(こうのもろのう)としている。一見してこの両者については本名とは似ても似つかないが、浅野内匠頭は領地の播州赤穂(兵庫県赤穂市)が古くから良質な塩の産地であったことから姓に塩の字が入った塩冶判官、吉良上野介については、刃傷事件当時の役職が高家肝煎であったことから、ずばり高の字を姓とした高師直としており、じつに想像力を駆り立てる設定となっている。

そのほかの登場人物についてもそれぞれに趣向が施されている。これら一人ひとりの命名の由来をじっくりと眺めてみると、その見事な仕掛けに驚かされる。

その手法からして全員に架空の人物名が付されているのかと思いきや、主役の塩冶判官と高師直に限っては実在の人物である。この二人を芝居のなかに登場させることで『碁盤太平記』や『仮名手本忠臣蔵』は元禄赤穂事件とは直接関係ないとする隠れ蓑としても重要な役割を果たしている。