このような欧米各国の帝国主義的進出がぶつかり合って生じた戦争が第一次世界大戦です。きっかけはバルカン半島でのオーストリア皇帝に対する反発からですが、これがイギリス、フランス、ロシアの三国協商とドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟との武力衝突に発展します。この第一次世界大戦のなかで毒ガス、潜水艦、戦車などの技術開発が促進され、大量殺戮戦争へと発展し、結果的にヨーロッパが疲弊しました。

この第一次世界大戦でイギリス側に大量の資金援助を行い、勝利へ導いたのがアメリカのモルガン商会をはじめとする金融資本です。そして、第一次大戦後、アメリカのモルガンは大量の戦後補償をドイツに要求しました。この過大な戦後補償の負担がドイツ国民に重くのしかかり、ドイツの復興をスローガンにヒトラーを登場させることになりました。

第二次世界大戦は、それまでの帝国主義的戦争のなかでのヒトラーによる反発でもあり、日本がそれまでの帝国主義的戦争のなかで朝鮮や中国へ侵略していった流れとアメリカとの衝突でもありました。

このように技術の開発から発展した産業が、海外の資源と労働力の獲得へと進んで帝国主義を生み出し、世界戦争にまで発展しました。技術の発達は、国内での生活を豊かにし、国内での民主主義を発展させましたが、一方では資源と労働力を海外に求めて植民地とし、その支配と武力的な解決のために軍事技術が開発されました。

このように技術の発達、工業生産の発達をベースに、世界における一方的な支配の歴史が作られたことは、現代にも大きな重荷を残しています。現代の歴史は、こうした一方的な支配から回復していく過程と見ることもできます。技術の力は、それまで人類が狭い地域同士で争っていたレベルを世界的なレベルの争いへと発展させ、結局は、大量破壊を引き起こして争った者同士を疲弊させるという威力を持っています。

工業の発展にともなって、国内での民主主義的な仕組みが発達し、それが世界にも広がって、第二次大戦後は各国の主権の尊重、民族自決、人種差別の撤廃、一人一人の人権の尊重などが発展しているわけですが、技術の発達をこうした世界のすべての人々の間の友好と生活向上へ活用していくことが不可欠であり、そのような社会の仕組みを作っていくことが現代の大きな課題であると思います。

コラム① オリンピックと民族独立

1964年の東京オリンピックの参加国は開会式時点で93ヵ国、閉会式時点で94ヵ国です。というのは、閉会式の日にアフリカのイギリス領北ローデシアが「ザンビア」として独立したからです。閉会式のときに、このザンビアの選手が歓喜を上げて入場してきたのをよく覚えています。オリンピックでは改めて、世界の多様な国々があることを知ります。

夏季オリンピックにおける参加国数の推移を図14に示します。第二次大戦後から参加国数が急増していったことがわかります。植民地支配を受けていた国々が独立し、オリンピック選手を出せるほど豊かになったことを示しています。

オリンピックが各国や民族の自主独立を主張する場になることも起こっています。第21回(1976年)のモントリオール大会ではアフリカ諸国が、南アフリカにおける白人支配への批判をベースに、オリンピックへの参加をボイコットしました。

第22回(1980年)のモスクワオリンピックでは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議したアメリカや西ヨーロッパ、日本がボイコットしました。2016年のリオデジャネイロオリンピックの参加国は206ヵ国なので、1964年のときの2倍以上です。第二次世界大戦後の歴史は民族独立の歴史でもあります。

[図表]夏季オリンピックの参加国数の推移
※本記事は、2019年4月刊行の書籍『人と技術の社会責任』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。