【前回の記事を読む】乱暴してきた男の突然死…恭子の能力に発覚した衝撃的事実とは

与えられたミッション

郊外の住宅地は、寝静まっていた。静かな夜―。

住人は皆眠りにつき、風音一つ無い安穏あんのんとした刻が流れていた。煌々こうこうと月明かりが降り注ぐ、深夜。窓から漏れる月明かりの陰に、床に蹲る恭子の影があった。

もう数日、恭子は夜に寝ていなかった。学校にも行っていない。学校から両親へ「メンタル不全なので暫く自宅療養した方が良い」という説明があったという。

だがそれは恵比寿顔が手を回した嘘だ。何時もの車が、病院へ行くという名目で自分を迎えにきていた。学校側の管理ミスなので治療費と送迎費を負担するという理由で来ているが、行先は何時もの白い部屋だった。

家と施設との往復だけの日々。誰かの命を奪う行為を繰り返す自分。恭子は、自分の存在意義を失いつつあった。学校で死神と呼ばれたが、まさに今の自分はそのような存在だ。そのような者が、この世に存在してはいけないと思う。自ら命を絶つ事を何度も考えるが、メンタル不全という事で自殺するような道具は全て取り除かれていた。

誰かが私を殺せばいい―。

恭子は、何時しかそれがやって来るのを待つようになっていた。そしてそれはやって来た。部屋の扉が開いても、恭子は微動だにしなかった。自分の前に立った人物の革靴が眼に入り、恭子は顔を上げた。

「HELLO、お嬢さん?」

そこには長身の金髪の男が立っていた。外国では室内でも靴を履くが、日本は土足厳禁なのを知らないのだろうか。それとも知っていて履いているのか。不審者の出現より、恭子はそんな疑問が思考を支配した。

「お迎えに参りました。私と一緒に参りましょう」

革手袋の手を恭子に差し出す。恭子はその手を見つめた。そう。この手を取ればいい。どこか知らない場所へ連れて行って欲しい。恭子は男の手に、自分の手を伸ばした。

「駄目だ!恭子!!」

入り口から叫び声と共に黒い影が飛び込んできて、金髪の男に突進した。金髪の男はその突進を躱し、胸から銃を引き抜く。飛び込んできた影はその手を蹴り上げ、銃は宙を舞った。銃が宙を舞っているうちに二人の両腕が数回交差し、互いに顔面を襲った脚をガードした後に二人は対峙した。銃が床を跳ねる。月明かりが、部屋に入ってきた人物の顔を照らした。

「お父さん!?」

「恭子!こいつらの狙いはお前の力の解明だ!死ぬよりも苦しい目に遭うぞ!」

本当にお父さん? 何故お父さんが?

市役所勤めで真面目で大人しいあのお父さんが、こんな口調で話すのを初めて恭子は見た。二人はすぐに目まぐるしい攻防を再開した。恭子は目を見張った。貧弱な身体で、いつもお母さんの家事の手伝いを言われるがままに従っている父が、この大男と対等に戦っている。

毎朝市役所に行っていたのは嘘?

お父さんは何者?

何が起きているのか分からなかった。父の脚の一撃が、金髪の男を吹き飛ばした。

「ちぃ!」

金髪の男は、窓に向かって走った。窓を破って二階から外へと飛ぶ。光を乱反射させるガラスの破片と共に宙を舞い、闇に消えた。恭子は銃を拾い上げた父に肩を抱かれて部屋を出た。父に導かれて階段を降りる。階段の横にしゃがみ込み、父は黒縁眼鏡を外しながら辺りの気配を探りつつ言った。