【前回の記事を読む】各国の諜報機関に狙われるほどの少女の能力は制御できるのか…

与えられたミッション

二人が向かった先は、何時もの施設だった。

普段とは違うルートを通り、恵比寿顔は医務室に恭子を連れて行った。暫くの間廊下で待っていると、医師が処置室から出てきた。恵比寿顔は椅子から立ち上がり、医師に近寄った。

「膣洗浄は終わりました。妊娠の心配は無いでしょう」

医師は続けた。

「そもそも処女膜は破れていませんでしたよ」

そう言うと、医師は処置室へ戻っていった。

(何があったんだ……?)

恵比寿顔は処置室の前で考え込んだ。恭子が家に帰っていないという情報から、まず考えたのは他国の諜報員に拉致されたという事だった。彼女の携帯電話の位置情報から場所はすぐに特定できたが、男の死体を確認するまでは、他国の後手に回ってしまったとばかり思っていた。

だから、恭子を発見した時の状況は意外だった。発見した時、恭子が手袋をしていたのは間違いない。しかし、状況からして男の命を奪ったのも恭子に違いない。

暫くすると、恭子が処置室から出てきた。廊下にある椅子に座らせ、恵比寿顔は何があったか問いただした。恭子はほうけたように答えない。恵比寿顔は横に座ったまま、問いただす事をめた。

静かな時間が流れる。廊下のどこかにある時計の秒針が動く音だけが、廊下に響いていた。その音に混じり、静かに嗚咽する声が聞こえてきた。恵比寿顔は横に顔を向けた。恭子の肩が揺れている。涙が頬を伝うと、恭子は両手で顔を覆い、泣き崩れた。恵比寿顔は、何も聞かずに隣に座っていた。

恭子は、今夜の出来事を思い返していた。

駅前でナンパされ、男とレストランバーへ行った。自暴自棄じぼうじきになっていた恭子は、勧められるままに酒を飲んだ。気が付くとベッドに寝かされていて、上に男が乗っていた。激しく抵抗したが、意識が朦朧としていて、男のすがままにされた。男は挿入してきたが、亀頭部が膣口に触れた瞬間、突然男は身体を痙攣させて、多量の精液を吐き出し、崩れ落ちた。

恭子の力が最も強いのは手では無かった。それは膣。本来なら生命を生み出す場所。それが逆に、最も強力に生命を奪う部位となっていた。恭子の中から何かが抜け落ちた。私は一生子供を作れない。故に恋愛も出来ない。

初めて一般人を殺した衝撃と、新たに突き付けられた事実に、少女は暗い廊下で泣き続けた。恵比寿顔は、その姿を、ただ見つめていた。

とある建物の一室。入室が許可されているのは、限られた人間だけ。

ブラインドが降りた室内は薄暗く、二人の男が立っていた。

紫檀したんを使った大きな木製の机を背にし、窓際に立つ男が言う。

「それはまれに見る暗殺者じゃないか……。武器も毒も使わず対象を殺す事が出来る。しかも、死因は不明。証拠は何も残らない。道具を使わないのでセキュリティやボディチェックにも引っかからない」

「いえ、彼女は暗殺者にはさせません。彼女にはもっと大切な役割があります」

答えたのは恵比寿顔だった。恭子を自宅まで送って行き、この部屋まで報告に来た。彼女は何も話さなかったが、恭子に何が、いや恭子と一緒の部屋に居た男が何をして何が起きたのかは予想出来た。

「君が言っているのは、彼女の祖母の事か」

「はい」

「彼女が、祖母と同じ能力を持てる確証があるのか?」

「……確証はありません」

「まあいい。彼女の孫という事と、君の手腕に期待して全て任せるよ」

男は恵比寿顔に背を向けたままだった。恵比寿顔は一礼をして、部屋から出て行った。暗い部屋に静寂が訪れた。窓際に立つ男は、その姿勢を崩さない。

ブラインドの隙間から、街の灯りを静かに見ていた。輝く灯りが、地上の星の様にまたたいている。男は胸ポケットから葉巻を取り出すと、ジッポーで火を着けた。紫煙が、部屋に漂う。

「……それにしても、『あれ』が現れるという事は、日本に災いが訪れる兆候かもしれん……」

静寂が包む部屋に、男の独り言が静かに響いた。