【前回の記事を読む】絵画『ゲルニカ』を前に「ピカソの心に秘めた怒りを感じた」

ゲルニカ誕生の時代背景

内務省警保局

少し長いが「内務省警保局の報告書」の抜粋を敢えて掲載することにしたい。これは国立公文書館のデジタル・アーカイブで公開されていたのを見つけたものだ。(旧漢字表示をそのまま記述)


廣島縣に於けるフォルム美術協會竝に廣島ローマ字文學會(略稱RBK)内に於けるシュールレアリズム繪畫竝びに詩運動の状況

廣島縣當局にありては、客年一二月九日非常措置に於いてシュールレアリズム畫家山路商、シュールレアリズム詩人坂本壽外三名を検擧せるが、其の活動状況左の如し。

(一)フォルム美術協会シュールレアリズム畫家山路商は昭和一二年四月頃より「みずゑ」シュールレアリズムの特輯號畫集、ボードレエルの藝術論集瀧口修造の新藝術論等に依りミロ、ダリ、キリコ、ダンギー、アルプ、ピカソ、エルンスト等の代表的シュールレアリズムの作品に共鳴し、寫生主義を清算する爲瀧口修造の新藝術論ダリ、ピカソの畫集を研究し、其の作風を採り入れ製作するに至れるものにして、特に福澤一郎のシュールレアリズム書に依り、シュールレアリズムは前世界大戦の思想混乱中に生じたるダダイズムが凡ゆる否定と無秩序とに行き詰まりたる結果、多くのダダイストの中の詩人畫家等に依る一種の精神革命運動として擡頭し、ダダイズムは當時の無政府主義と一脈相通ずるものがあり、其の後思想運動が共産主義へ轉化するに及び藝術方面に於いてもダダイズムは凋落し、シュールレアリズムの發生となり一九三○年公にされたるアンドレプルドンのシュールレアリズム第二宣言書以來共産主義的立場より自ら革命に奉仕するシュールレアリズムと稱し一九三○年にソヴィエート國際革命文藝局よりブルジョア諸國がソヴエートに宣戦を布告したる場合、諸君の執るべき立場如何と謂ふ質問に對し、フランス共産黨員として第三インターナショナルの指令に基き行動すべしと明確にコミンテルン及フランス共産黨支持の態度を表明し、ハリコフ會議にアラゴレ(著者注:ルイ・アラゴン)等の代表を送り、又一九三四年フランスに於いて反ファッショ文化戦線として文化擁護國策作家大會を開催し、シュールレアリストは同大會に積極的賛意を表し、共産主義的立場を明らかにし共産主義的政治性を持つに至りたる歴史的必然性を認め居る革命的藝術運動なるの事情を識るに及び、愈其の確信を強め現段階に於ける最も効果的戦術なりとし、昭和十五年五月廣島縣産業奨励館に於いてフォルム美術協會主催下に開催せられたる美術展にシュールレアリズムの手法に依り自作せる畫題人物・顔・椅子・松・犬・破鳥等の畫を出品したるを初め、同協會主催の美術展に屢同様の作畫を出品して一般鑑賞者の啓蒙に資すると共に、昭和十五年六月五日廣島高等學校美術部の發會式に列席し、同部を指導することの誓約を爲したる外、同人方アトリエに坂本壽外數名を屢會合せしめてシュールレアリズム繪畫竝に作詩等に關する革命藝術の指導啓蒙に努むる等、常時シュールレアリズムの普及宣傳を通じて廣汎なる啓蒙活動をなしつつありたり。

同人作に係るシュールレアリズムの技法に依る繪畫作例(本書中では省略)左の如し。尚同人は序上の如き繪畫運動の外後記の如く同志坂本壽と相謀りシュールレアリズムの手法に依る詩活動等にも積極的活動をなしつつありたり。