【前回の記事を読む】【小説】絶望に次ぐ絶望…少女に降りかかる新たな「訓練」

与えられたミッション

恵比寿顔は、力を制御しろと叫んでいる。気絶させろとも。同級生と暴行犯のときには出来たではないかと。しかし、手から流入して来る熱量に変化は無い。

男の方も、手を離す気配は無い。この男に、死ぬという恐怖は無いのだろうか。いや、犯罪者という普通の精神構造を持っていないからこそ続けられるのかもしれない。普通の人間であれば、恐怖感を覚えて、触れるのを止めるだろう。

それとも、死への恐怖も凌駕してしまう程の快楽を、男は味わっているのだろうか。実際、男の股間は濡れていた。既に、複数回精を放っているのだ。

恭子が何度離してと叫んでも男は耳を貸さない。焦るばかりで、無になるどころかやがて犯してしまう大罪に感情は乱れるばかりだった。やがて男は一際大きな叫び声を上げて、恭子の膝に崩れ落ち、そのまま床へ滑り落ちていった。白目を剥き、ピクリとも動かない。恭子はまた、心の白い部分が汚れるのを感じた。

恵比寿顔が近づいて来た。

「自分の感情を制御できるようになるのです。貴女がミッションをこなしている時間だけ相手の意識を奪えるのが理想です」

聞き慣れない言葉を耳にして、恭子は恵比寿顔に向き直った。

「ミッション? ミッションってどういう事?」

恵比寿顔は、一瞬しまったというような表情を浮かべた。そして意を決したように話し始めた。

「訓練の成果が出てきたら話そうと思っていました。薄々気付いているかもしれませんが、私達は国家機関の人間です。貴女の力をこの国のために使って貰いたいのです。貴女のおばあさんも所属していた組織です」

「……私に、暗殺者になれ、って言ってるの?」

「別に暗殺者というわけではありません。場合によっては殺さねばならない状況もあるでしょうが……。先程も言ったように、相手の意識を奪えるようになるのが理想的なのです」

恭子は前を向いて、黙った。

「世界各国の諜報機関が貴女の能力の事を知っています。貴女の争奪戦が始まりますよ? 他の国で暮らして他の国のために貴女の能力を使うより、家族と暮らし、自国のためにその力を使った方が良いのではないですか?」

部屋に沈黙が訪れた。恭子は考えていた。これまでの出来事を。教室で独りでいる自分。誰とも触れ合えない日々。私には居場所が無い。此処しか。

沈黙を破ったのは、恭子の一言だった。

「好きにすればいいわ……」

恭子は車を降りてから、家には帰らず、市街地まで来ていた。駅前のロータリーの隅に座り、地面を見下ろしていた。自分の人生が、意思とは反した方向に進んでいるのを感じていた。普通の生活を望んで始めた訓練なのに、何故逆に危険な世界へ進もうとしているのか。国外の諜報機関が欲するこの能力は一体何なのか。

この能力をコントロールではなく無くしてしまいたい。喜怒哀楽全ての感情を無くすなど、どうやればいいのだ。しかし私は既に殺人者。この汚名は一生ついて回る。ほんの数時間前に、また人を殺したという罪悪感に囚われ、恭子は家にも帰る事が出来ず、途方に暮れていた。

「かーのじょ」

そんな恭子に、声を掛ける男がいた。