「幸姫? 如何したのだ?」

紫龍は困惑した様子を見せた。

「紫龍様はわたくしが御嫌いでしょ? わたくしを避けられ、昨日も怖い顔で睨まれました」

「あ、あれは違うのだ。日を追ってだんだんと大人びて美しくなるそちを見て、余は天上界の理を破りそうになった。赤龍兄上様にお話ししたら兄上様も同じ悩みで苦しまれておられた。話し合った結果、暫く館に帰らず書庫に籠って夜を明かしておったのじゃ。お互いの従者達には大切な調べものがあるからと極秘だと命じたのだ。そちと顔を合わせた時、思わず抱きしめたくなり、慌てて逃げたのだ……」

「まあ!」

幸姫は思いもよらぬ答えに驚きを隠せなかった。

「余も父上の命で地上界の見回りと報告が終わるとそなたの傍に居るのが辛くてな。ま、そなたは余より天女や従者達と楽しそうに遊んでいるのが良かっただろ」

「我一人、龍王殿に上がる!」

すると赤龍は突然、羅技を後ろ手に掴んだ。

「うっ」

「余は絶対に許さぬぞ~」

「痛い、爪を立てて腕を掴むな。寂しいのは幸だけではない、何時も朝餉、昼餉、夕餉と、寝所に戻る前の一時、その日在ったことを話しあうのが楽しみで在ったのに。天女達が気をきかせて夜、館に遊びに来てくれていたので少しは気が紛れたが」

「はあ~。余はどうやら御邪魔虫じゃのう。しかし、御父上にはこの白龍、怒りを覚える」

「今まで地上界の報告は羅技と一緒にしていたが、本日は余一人であったので父上はつまらなさそうな顔をしていた。羅技の報告はいつも微笑みながら、嬉しそうに聞いておられた。余と羅技とでは随分態度が違うので何かあるのかと思っていたが、なるほど。こういうことであったか」

と言う赤龍に、

「龍王様が優しいのは、赤龍の妃だからだと思っていた」

と羅技姫が答えた。

「幸姫と羅技姫の二人は天上界において人気者だ! 特に従者達は羅技姫を羅技殿と呼んでおったぞ!」

白龍が言うと赤龍は苦笑を漏らした。

「そなたが剣の舞と称して剣の鍛練をやっていたからなあ。まったく余計なことを……」

「何を言うか! 我は困っている従者達を助けてやっただけだ。困っている者を見て見ぬふりは出来ぬ」

「赤龍様ひどいわ……。姉上様は常に分け隔てなく皆に接しておられ、龍神守の里でも里人達にはそれは優しくて姉上様の周囲には何時も幼い子供達が寄り添っておりましたのよ」

幸姫も加勢する。

「強さと優しさの二つの顔を持つ羅技姫は、天上界においてとても貴重な存在よ! 余もその不思議な魅力に魅せられておるのじゃ」

白龍が羅技姫を褒め称えた。

「白龍兄上様ったら……。そんなに褒められるなんて恥ずかしい」

「こ、こら、羅技。何じゃその顔は……」

そこへ紗久弥姫を乗せた青龍が羅技達の所へやって来た。

「お、小さき姫だ! 何と上手に青龍に乗っておるではないか!」

「白龍の兄様、ここへおいででしたか! あの……何か御座いましたの? 先ほどの大きな声にはとても驚きましたわ」

紗久弥が心配そうにあたりを見回した。

「いや、何もない。それよりそなたは青龍殿に乗るのが上手くなったのう」

「姉上様が教えて下さいましたので乗れる様になりました。まだ、姉上様の様に上手では御座いませぬ。清姉上様が白龍兄様をお呼びで御座います。産所にいる天女達がそろそろ御子が産まれそうだと言っております」

「わかった! そなた達。悪いが、余は清の所へ行かねばならぬ」

「どうか無事に産まれます様お祈り致します」

白龍と、紗久弥姫を乗せた青龍は館へ帰って行った。