【前回の記事を読む】素直で率直な彼女に心酔していく男2人…崇拝的な三角関係

真理の『弦楽四重奏曲第四番』の感想に…

どういうわけか気持ちに弾みがついたようで、来栖は再び発言したくなってきた。

「演奏家の着ているものと曲との相性まで考えてみるなんて、僕のほうは思いつきもしなかったよ。セクハラのようなと言われそうだけど、これはやはり女の子らしい発想だと思う。問われてるようだけど我々男どもには正直反応のしようがないね。

それから今日の曲がどう自分に響いてきたかということだけどね、僕のほうは魂が浄化されるっていうふうには残念ながら聞こえなかったけど、何か心に不安とか心配事を抱えている時に今日の曲を聞くと、どことなく慰められるだろうなという感じはしたね。

寄せては返すというイメージのものだけどね、これなど人が人生を渡っていく上で幸せや困難が入れ替わっては押し寄せたり、また退いていったりという風に解釈できそうだよね。今ふっとそんなことも思いついた。聞いてるといろんな連想ができそうだから、これからは食わず嫌いだったシェーンベルクも聴くようにして心を清めてもらうよ。

まあ、最後のところは冗談だけど。でも真面目な話、葛城によるとシェーンベルクはシューベルトを高く買っていなかったようだね。だけど僕のほうはどっちかというとシューベルト派のクレネクをこれからまとめて聞いてみたい気がする。彼って確かアメリカへの亡命前からウィーンでジャズなど、当時のヨーロッパでは新しい北米音楽に興味津々だった作曲家だよね。きっと彼のほうがシューベルト派の僕には向いてる気がする。まだ聞いてないから何とも言えないけど。

それにこれから好きになりそうな曲を求めて勉強するんだったら、アメリカに渡った後のクレネクとシェーンベルクだね。前衛の醍醐味はやはりひたすら前衛をめざせというわけじゃないけど、ヨーロッパにとって当時最新流行のアメリカ音楽と混じりあった前衛の作品を探そうじゃないかというやつだよ、多分ね。

今日は演奏を聴いてから葛城の話も併せると、そんな刺激を受けたな。でも最後の最後は元の木阿弥で、好きなシューベルトの歌曲やピアノ曲を聴いて寂しい時など慰めを貰うということに落ち着きそうな気もする。今日の演奏ぶりについては真理さんにならってお手上げです」

葛城のほうも無調音楽のアヴァンギャルドな性格についてのコメントで話を始めたが、次第に音楽にかこつけて、来栖がこれまで与り知らないような一面を見せるところもあった。