草津まで無事に到着した。その夜牛若は鞍馬から持参していた包みを取り出した。灯明はかろうじて灯っている。雑魚寝の仲間たちを起こさぬよう包みを開いた。

童形を捨て一人で元服の儀式を執り行おうとしている。本来武家では生涯でも大事な儀式である。一族家臣が見守り厳粛に行われるが、牛若は一人で実行することを決めていた。重家に連絡を取り、烏帽子と直垂(ひたたれ)・短刀を用意してもらっていた。自ら髪をすき上げ、短刀で髪の端を切り両手で元結を結んだ。

烏帽子を頭に乗せた。源家の御曹司の元服である。一族の長老あたりが烏帽子親となり後ろ盾となることを宣言する場面であるが、牛若にとって人目も形式も問題ではなかった。独り立ちするのだ。

後は名を付けなければならない。正近は義朝の九男であると教えてくれた。ならば九郎となる。それに源家の(なら)いであり父の名の一字でもある義、そして清和源氏の祖である経基から一字もらって経、つまり源九郎義経となった。

翌朝、吉次は全てを悟った。

「源九郎義経殿。良い名でござるな。おめでとうござる。ただ、まだ此処におる者だけが知ること、奥州に着くまで他言はならぬぞ」

「承知しております」

「元服してその衣装を着けるからには、九郎殿と呼ばせよう。わしは九郎と呼び捨てにする」

吉次は太刀を一振り義経に贈った。

「どうじゃ。木刀とは違うだろう。取りあえず小柄な九郎に合うと思ってこれを選んだ」

袋から丁寧に取り出し、鞘を払って刀身を見つめた。義経が初めて手にする真剣である。

「これまで使っていた木刀と長さが似ております。ありがたく私の持ち物と致します」

剣を腰にぶら下げ、短刀を帯に差し、見かけ上も冠者(かじゃ)となった義経は、まだ幼さは残るも吉次の護衛が任務となった。